八 抱いて眠れ

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八 抱いて眠れ

「へえ。司は今度は抱き枕か」 「ああ。どうしたもんかな」 同じ竹細工職人の進次郎は兼業農家。彼は竹入の石鹸を作っている男で司と同じ年。竹林から離れた場所にある農家の進次郎。司は彼から米を買いにきたついでに、抱き枕の相談をしていた。 「待ってろ。おい、お前」 「何さ」 「お前。抱き枕って知ってるか」 進次郎の嫁。幼児をあやしながら二人に話した。 「それはあれだろう?この子が寝る時に、布団をこう、足に挟んだりして寝るじゃないか。大人でもそういう人がいるんじゃないのかい」 「じゃ、こう、挟みやすく平たいのかな、どう思う司」 「……だろうな。竹細工だと」 進次郎が得意なのは農具。それでも編み方を二人で相談していた。ここで嫁が二人に向かった。 「あのね。抱き枕でしょう?はさみ枕じゃないからね」 「そうか」 「抱くのなら。こう抱えるのか」 嫁。二人にお茶を出した。 「実際にやれば大きさがわかるでしょう?布団でもなんでも抱いてみれば良いんだよ」 「なるほど」 「早速そうしてみるか。ああ、そうだ進次郎」 司。先日、馬の籠が高値で売れたと彼に教えた。 「お前も作ってみろよ」 「え?良いのかい、俺に教えて」 「ああ。お前のところは子沢山だ。一度作ってみろよ」 自分の特権でも良いのに。教えてくれた司。進次郎、感激していた。 「わかった。そうだ?じゃあ俺は牛の籠を作るよ。面白そうだし」 「ふふふ」 「それよりも司。女の弟子はどうした」 「ぶ!ど、どうしてそれを?」 秘密にしていたはず。進次郎、笑った。 「鈴竹さんが言っていたんだ。すごいのがいるって」 「ああ。あれな」 司。経緯を話した。 「親父が来るまでは、預かろうと思って」 「あの親父さん厳しいからな。でも、それまで修行させて認めてやればいいさ」 「まあな……ん?どうした」 じっと見つめる進次郎とその妻。にっこり頬んだ。 「いや良かったなって」 「そうだ。司さん、これお土産にどうぞ」 「あ、ああ」 綺麗な花。司は友人に見送られて、背中のカゴに入れて帰ってきた。 「お帰りなさいませ」 「米だ」 「うわ?こんなにたくさん?」 やったと民子は喜んでいた。司、そして花を渡した。 「進次郎の嫁さんからだ」 「綺麗……早速飾りましょう」 ここで。民子は可愛い花籠に入れた。 「それは?」 「あ。ちょっと、余った材料で作ったんです、私のです」 「どれ」 怒られると思った民子。司は丹念に作品を見ていた。 「すいません。勝手に作って」 「……ここは?なぜ、こうしたんだ」 「ああ?それは、この間からもお花を飾れるように」 ……素晴らしい作品だ。花を入れると、さらに引き立つ。 司。何度も何度も見ていた。民子、不安になった。 「師匠?」 「では。お前の言う通り、その間にも花を入れてみろ」 「はい……あ」 民子の言った通りに花を入れると、籠は倒れてしまった。籠内には花を入れる竹筒が入っている。それが有ってもバランスが悪く、花籠は倒れてしまった。 「だめですね」 「いや。お前の発想は悪くない……だが、実際は、やってみないと、わからぬものだ」 「そう、ですね」 ガッカリの民子。しかし、司、これを手に取った。 「これは置くから倒れるのだ。持ち手をつけて、壁にかけるようにしたらどうだ」 「持ち手ですか。そうか」 司。落ち込む民子の頭をつい、撫でた。 「民子。良いか。お前は店にいたからわかるはずだ。この花籠を使う人の立場で考えろ」 「……はい」 「わかったら飯だ」 「はい!」 こうして二人は囲炉裏を囲んでいた。時は秋、飯には栗が入っていた。 「うまいな」 「これは良い栗ですもの。この木。もっと増やしましょうよ」 「ふふふ。お前、栗の収穫まで何年かかると思っておるのだ」 「そうか。そうですよね」 急に元気がなくなった民子。司。しまったと思った。 春までの師弟関係。未来の話をからかってしまった司。民子を傷つけてたと焦った。 「いやその」 「師匠……さっきの花籠ですけど、あのですね」 ……そっちか?助かった。 司。ここは丁寧に相談に乗った。答えを言わず彼女の作りたいようにさせることにした。 そして。夕食後のお茶の時。民子が司に報告した。 「師匠。例の猫の籠ですけど。私、野良猫を発見しました。籠ができたら、あれに協力してもらいますね」 「お前が捕まえてくれるのか」 「はい。猫なんか、捕まえるのは簡単ですよ」 「お前に任せるさ」 「それで、抱き枕はどうします?」 「それだった……」 司。進次郎夫婦の話をした。 「……では。師匠が布団を抱いてみるのが早いですよ」 「やっぱりそうか」 そこで。二人は司の寝室にて敷布団を敷いた。 「師匠。寝てください」 「ああ、そして、こうか?」 掛け布団。これを司は抱きしめてみた。民子。分析していた。 「筒状になりますね。長さは、待って!物差しで計ります……ええと」 一応、長さを計測した二人。一旦、司は布団に正座し思案した。 「要するに。丸太を抱くようになるな」 「ええ。でも、太さはどうします?」 「太さ……待て、ちょっとやってみるから」 実践が第一の司。民子が見守る中、布団を抱きしめていた。 「こうか?いや、足もこうで」 「ふ」 真面目な司。しかしやっているのは布団を抱くこと。おかしい民子。つい、背を向けた。 「おい。民子」 「は、はい」 「笑っていないでお前がやれ」 「だって?作るのは師匠で、あ?」 腕を引かれた民子。布団に倒れた。ちょっと怒っている司に布団で捕まった。 「うわ」 「俺はな。お前が言うから作るんだが?」 「す。すいません」 「しかし、ふふふ、はははあ」 二人。布団の中で笑い出した。やっていることが滑稽なのである。一緒に寝転んでいる民子。腕を広げた司。腕の中の民子を見て、あることに気がついた。 ……そうか。抱き枕は。布団を抱いているんじゃないんだ。 赤ちゃんは母親。大人は愛する人を思い、布団を抱いていること。司はようやく気がついた。 ……布団じゃないんだ。人を求めているんだ。 「師匠?」 「民子。よく聞け」 司。恥ずかしさを抑え、民子を見ないように話した。 「この抱き枕は。きっと赤ん坊は母親を。夫婦はそれぞれ、相手を求めていると思わないか?」 「あ?そうです!なるほど、布団はその代わりなんだわ」 彼女はここまで納得した。問題はここからである。しかもそれは民子が言い出した。 「では師匠。民子の大きさがちょうど良いんじゃないですか?」 「俺もそう思う」 「では、やって見ましょうよ」 民子。スススと司の胸に顔を伏せた。司、冷静になろうと深呼吸をした。 「師匠。お覚悟!」 「おう。参るぞ」 司。民子を抱き締めた。良い匂いがしたが、我慢した。 「師匠。そこだと、民子の頭を抱えている感じですよね」 「そうなるな」 「枕だから。師匠の横に私がいないとダメだと思いますよ」 「……では、もっと上か」 「枕の高さまで行きますよ……よっこらしょっと!」 上部に移動した民子。こうして二人、横並びになった。 「師匠、いざ!」 「行くか?それ」 司、抱き締めた。民子の肩周りになる。彼の頬には民子の頭があった。 「どうですか」 「まさにこれだ。腕はこれでいい」 柔らかく温かい。民子を抱きしめた司。とても気持ちよかった。 「でも師匠。足がまだです。民子を挟んでください」 「忙しいな」 「ふふふ」 抱き合いながら笑う民子。恥ずかしいよりも温もりが気持ちよかった。 司、足も挟んでみた。こうして司。サイズを定めた。 「さて。もういいぞ、民子?おい」 「……スースー」 「寝たのか?……全く」 ……人に気も知らないで。気持ちよさそうに。 腕の中の少女。すやすやと寝ていた。伏せた長いまつ毛。黒髪の甘い匂い。甘い匂い、桃色の唇。司、そっと彼女から離れた。 ……抱き枕が寝るとは?まあ、許すか。 司。自分の寝床の布団を民子にかけた。この夜。このまま司は民子の布団で寝た。 翌日。司はあっと言う間に抱き枕を完成させた。 「まあ。さすが師匠。民子にも抱かせてください」 「好きにせよ」 「キャハハ!面白い」 結局、民子サイズにくぼみを入れた筒状の竹細工。これを別の用事でやってきた鈴竹に売った司。すると二日後に鈴竹がやってきた。 「司さん。あれを何個作れますか?」 「どのことですか」 「抱き枕ですよ!大人気なんですよ」 驚きで司はお茶を出した。 「そんなにですか?」 「ええ。実はうちの社長が試すと言い出しましてね。その後、社員で使いまわしたんですが。一同に、あの感触がちょうど良いと言いましてね」 「へえ」 「ある者は母親を思い出すと言うし。ある者は若い娘。それに未亡人の従業員は女でも抱きやすくてちょうど良いと申しましてね」 「お恥ずかしいです」 「司さん。あの大きさはどうやって決めたんですか」 「企業秘密です。あしからず」 ここに民子が戻ってきた。 「あ。鈴竹さん。うちの師匠のはうんと高く買ってくださいね」 「また?もう、お宅のお弟子さんには敵わないですよ?」 「ふふふ。それは私も何ですよ」 司、ここでお茶を飲んだ。秋の風、彼の心を沈めるように、涼しく吹いていた。 八話「抱いて眠れ」完 九話「悪魔の根城」つづく
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