十 竹取物語

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十 竹取物語

「民子。今朝は昨夜話した通り、竹を切るからな」 「はい。その覚悟ですから」 材料にする竹。これを切る仕事。あの長い竹。重い。民子はこの日の力仕事に燃えていた。 材料になる竹。この日は真竹(まだけ)で大きく太いもの。この竹。春から育ち夏に伸びる。この時の竹は瑞々しく安定しないない。よって切り出すのは秋の彼岸から春の彼岸の冬期間に行う。 司は父の教えにより、この九月。中秋の名月にすることにした。 「後、手伝いで。農家の進次郎も来る。あいつの昼飯もこっちで出すからな」 「手配済みです」 「お前、興奮するなよ。また鼻血が出るぞ」 「本望ですもの」 「ははは」 来た時はひ弱でよろよろの娘。今では後ろ姿は農家の娘の力強さ。そして竹林にやってきた。 「師匠。どこまで行くんですか」 「ここだ」 民子には見分けがつかない林。しかし、司は足を止めて見上げた。 「このあたりの竹がいいんだ」 「見た目では同じですね」 竹に手を当てる司。真剣な顔だった。 「ああ。俺も見た目では、この節を見るだけだ。切ってみないとわからぬのだ」 「切ってみないと。切ると何がわかるんですか」 「ん。来たぞ」 二人の前に進次郎が現れた。 「よ!司」 「おはよう、進次郎」 「おはようございます」 「おっと。君がお弟子さんだね」 司の背後からピョコと出てきた民子。進次郎、笑った。 「よろしく進次郎でいいから!ははは」 「私は、民子です」 「ははは、司よ!ははは」 司の恥ずかしそうな顔。彼の肩に手を置き、これを笑った進次郎。司、唸るように彼に向かった。 「何がそんなにおかしい?」 「お前の顔だよ。ふっふ、そんなに怒るなよ」 「うるさい!やるぞ」 「はいはい」 「あの、私は?」 しかし。男性二人はどんどん作業を始めた。 ノコギリを出し切り出した。 「これか?」 「ああ。良さそうだろう」 「ここから行くか。よし、行くぞ」 ……切るの?ここに倒れてくるかも。 「おい!民子。こっちに来い」 「はい。師匠」 スッとそばにきた民子。司は説明をした。 「良いか。これからこれを切るが、本命はあの竹だ」 「そうか。邪魔なのをまず切るんですね」 「ああ。本命を最後にして、周りを切るが、民子、上を見ろ」 司の視線、見ると笹が繁っていた。 「あんなに?みんなくっついていそうですね」 「そう。だから。本命を最後にして、こっちから伐採する」 「この列ですね……そして、どっちに倒していくんですか」 「それくらい自分で考えろ」 「え」 そう言ってノコギリを持つ司。進次郎が捕捉した。 「民ちゃん。俺たちの欲しい竹はここなんだ。よく見てな」 「はい」 「民子。行くぞ」 こうして。男二人は切っていった。場所を空けるために切る竹。細い竹は民子も切っていた。 「もっと腰を入れろ」 「はい」 「民子ちゃん!がんばれ」 ギコギコと動かすノコギリ。今まで店で売っていたノコギリ。使用したことがなかったお嬢様民子。今は汗を流し必死な形相で動かしていた。 「ど、どうですか」 「……こっちに来い。静かに」 竹の根本。自力でおよそ八割切った民子。司がいる切り口の反対に回った。切りかけの竹。司、胸の前に民子を立たせ、両肩に手を置いた。 「いいか。蹴って向こうに倒せ。行け!」 「いざ参ります!えい!」 足で蹴り、竹の切り口にトドメを刺し、見事、竹を倒した民子。しかし、方向が違った。 「ばか?方向が」 「きゃあああ、危ない?!進次郎さん!」 「お?」 横にいた進次郎に向かった竹。しかし、彼はこれを手で払い倒れる進路を修正し、無事に倒した。 「あっぶね」 「すいませんでした!」 「全く。お前は」 「ううう」 身のこなしの早い進次郎。気にするなと白い歯を見せた。こうして邪魔な部分の竹の切り出しは続いた。 「民子、そっち持て!向こうに運べ」 「はい……う?これは」 司に言われて持った竹。重かった。 「大丈夫か!民ちゃん」 「いいんだ。進次郎。民子はできる」 「ええ……やります、私、よいしょ」 遅いが民子は働いた。俺は竹細工職人になるための必要なこと。司は心を鬼にして彼女にやらせていった。 「はあはあ」 「なんだ。もうおしまいか」 「いいえ?……これからですよ。民子はまだまだ」 「いや?俺は疲れた。お茶にしてくれ」 進次郎の声。これで民子はお茶を淹れようと腰を下ろした。待っている間、司、進次郎を睨んだ。 「おい、あんまり甘やかすな」 「そうでもない。こんなもんだろう」 「俺は師匠として。責任があるんだ。お前と違う」 「はいはい」 司の方が力が入ってる。これを案じた進次郎。二人に怪我をさせないように思っていた。ここに民子が小屋で入れてきた冷たいお茶を二人に渡した。笹茶。竹を切った湯呑み。二人は受け取った。 「どうぞ」 「ありがとう」 「民子も。座って飲め」 「はい」 こうして三人。竹林の中、座り、ずずとお茶を飲んだ。 「美味いな?」 「よく言うよ自分で」 「……師匠。どう言う意味ですか」 ここで進次郎。民子を見た。 「民ちゃん。この笹茶。俺が作ったんだ」 「嘘?」 「民子……お前が言っていた石鹸も。こいつのだ」 呆れ顔の司。進次郎は嬉しそうにうなづいた。 「石鹸も?」 「そう!でもな。全然売れないんだ。嫁にも叱られてばっかりだよ」 「まあ。石鹸もお茶もこんなに上出来なのに」 「さ。やるぞ。民子」 「はい!」 こうして。午前中の肉体労働は終わった。民子、二人に食事を出した。 民子は疲労困憊であまり食べずに休んでいた。 この間。進次郎が家族が多く、生活が大変だと聞こえてきた。やがて午後。作業が再開された。民子、必死でこなし、予定の行程までやることができた。 本命の竹は切れた。 「民子。これを林の奥に運ぶぞ」 「はい」 「民ちゃん。竹を日に当てると割れるからね。こうやって日陰に置くんだよ」 「は、はい」 小屋までは無理。この日は日陰に安置して終わりになった。 「じゃあな。俺、今日は帰るわ」 「助かった。ありがとうな」 「いやいや。お前には恩があるし。じゃあな、民ちゃん」 「はい……お世話になりました」 進次郎。疲れも見せず竹の道を帰っていった。 「さて。俺たちも帰るぞ」 「はい。荷物を持ちます」 背中の竹籠に道具を入れた民子。ふらふらで小屋に帰ってきた。 ……やっと。家だ。 もうここが民子の家。小屋を見てホッとしていた。司。小屋の戸を開けた。 「がんばれ。俺は手伝わないぞ」 「……はい。はあ、ただいまです」 民子にやり遂げさせたい。司、ふらふらの民子を苦しむ思いで見つめていた。そしてやっと土間の腰掛けに座った民子。司も笑みをこぼし頭を撫でた。 「よくやった!さあ、休め」 「でも、師匠のご飯を」 「俺がやる。お前はできるまで、寝てろ」 「……スースー……」 「ここで寝るな!さあ、服も着替えて、ほら」 「は、はい」 民子。倒れるように床下の布団に寝転んだ。寝た。 ……本当によくやった。辛かっただろう。 司。自分の疲れも忘れ、夕食を作っていた。進次郎の協力がありたくさんの竹を切ることができた。ここは雪がない土地。冬でも仕事ができた。 最近の民子。みるみる才能を開花させ、作品を作っている。それに影響されて司もたくさん作っており、材料が足りなくなるほど。司の馬の籠は売れに売れ、今は真似をして作る人が出て落ち着いていた。このおかげで二人の食べ物はなんとかなりそうであるが、司の父親の病院代があった。 これは現金で支払うもの。今度はこの捻出が必要だった。 ……抱き枕は、あまり作りたくないしな。 季節的にあれは夏物。しかも民子をイメージしている司。あれを知らない誰かが抱いていると思うと不愉快でたまらなかった。 抱き枕は当分お蔵入り。民子は反対したが、司はそう決めた。 「さて、起きろ。おい、民子」 「……いや、いいです」 疲れた時は食べない民子。しかし、司は寒い冬を見ていた。 「食べないと破門だぞ」 「起きます……ふう」 床下から出てきた民子。まだ寝ぼけている。しかし、箸を持った。 「いただきます」 「箸が逆だぞ」 「ん?は、はい」 逆さの指摘。するとなぜか。民子は左手に持った。 「いただきます」 「……ああ」 司が見ていると。民子は左手で器用に持ち、食べていた。 ……そうか。元々左利きか、親に治されたんだな。 寝ぼけの民子。左手で食べる様子。司は何も言わなかった。彼女の器用な竹細工。色んな理由が見えてきた。 商売屋の娘。売れる品に敏感である。司が今まで気にしなかったちょっとした点を変えただけで、鈴竹では売れるようになったと高値で引き取ってくれていた。 一度話せばなんでも覚える頭脳。利き腕が両方の器用さ。さらに優しく明るい娘。彼に取ってはお姫様である。 「ご馳走様でした」 「ああ」 片付けようと立ち上がる民子。よろめいた彼女を司は受け止めた。 「もういい、寝ろ……ん、熱いな」 「大丈夫、です」 抱きしめたその体、熱かった。熱が出ていた。 「おい?」 「寝てれば平気です」 「くそ」 司。彼女を抱き抱え布団にそっと置いた。汗をかいていた。 「師匠……お茶をお茶が飲みたい……」 「ああ。待てよ」 竹筒に入れた冷めたお茶。民子は飲んだ。 「ふう」 「他は、何かないか」 枕の民子。首を小さく振った。 「いいんです。前はいつも、こうだったから」 「しかし」 「師匠……お茶だけ置いてください。朝まで、それでいいから」 苦しそうな顔。司、その通りにしてやった。高熱で汗かく民子。苦しそうな様子。これを介護で眠れぬ夜、結局添い寝をした司。朝、目覚めた。 「師匠……朝です」 「ん」 「重いです……師匠」 すると、小さな手が彼の頬をぺちと叩いた。 「師匠。起きてください」 「……熱は」 「下がったみたいです。ほら」 頬を触る手。平熱に戻っていた。司。目を瞑ったまま。その手を思わず握り頬に当てた。 「心配かけやがって」 「すいません」 「……はあ、よかった」 民子。その手に司の吐息を受けていた。晴れた朝、布団の二人、しばらくこのままでいた。秋の空気はそれは静寂で清らか。民子、自分をこんなに心配してくれる司に、嬉し涙の枕を濡らしていた。 十話『竹取物語」 完 十一話「竹の湯にて」つづく
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