十三 誰もいない竹林

1/1
前へ
/32ページ
次へ

十三 誰もいない竹林

司が父親の見舞いで留守の竹林の小屋。民子は一人で留守番をしていた。小屋の整頓をし、竹細工を編んでみたい民子。急いで掃除を済ませていた。 「あの、すいません」 「どなたですか」 屋外にいた民子。背広姿の男はにこやかに微笑んだ。 「私は『富山の置き薬』です。お薬はいかがですか」 「薬」 「はい。置くだけです。そして使った分だけ後で支払って下さって結構ですよ」 にこやかな話。しかし、民子。要らないと断った。 「要りません。お帰り下さい」 「そうですか、失礼ですが。ここにはあなたが一人でお住まいですか」 怪しい雰囲気。民子、大きな嘘をついた。 「いいえ?我が家が家族が多いんです。もうすぐ帰ってきますが、夫の舅が帰ってきます」 「そうですか」 怪しい男は頭を下げて竹の林に消えて行った。 ……なんか怖いわ。こんなところに人が来るなんて。 しかも。本日は司がいない。一人だと知られたら厄介である。そこで民子。戸締りをして家の中にいることにした。 すると戸をどんどん叩く音がした。数人の男の声。怖くなった民子。床下の隠し部屋に逃げ込んだ。すると誰かが戸を壊して入ってきた。 ……どうしよう。 おそらく。この床下は気がつかない。しかし、部屋には司が作った竹細工や刃物が置いてあった。 「おい。これをもらって行くか」 「ああ。大したものはねえな」 ……大変!あれは師匠の小刀だわ。 竹細工も盗んでいるが刃物まで。民子は床下でじっと見ているしかなかった。そして二人組が帰った後、床下から出てきた。 取り返そう。民子は思った。そして自分の懐刀を持ち、そっと男達の跡を追った。泥棒達は竹林で迷子になったようで、彷徨い始めた。 「ちくしょう。どっちになんだよ」 「疲れたぜ」 一休みで腰掛けた男達。盗んだ司の背負いカゴを下ろした。この中には小刀が入っている。奪い返すには今だった。 笹の中に隠れていた民子。どうしようと近くにあった竹を握りしめた。 ……そうだわ!これよ。 彼女はこれを必死に倒し出した。まるで乗りかかるように抑えた竹。この時、ガザガザと音がした。 「なんだ。この音は」 「熊か」 ……うう、限界、が、きた。 ここで手を離した民子。しなっていた竹は、反対側にバーンと倒れてきた。それは泥棒に直撃した。 「うわあ」 「痛ぇ?」 そして民子。司の背負子を回収した。男達は慌てて気がつかない。民子は必死に走り出した。今度は背後で怒号が聞こえた。民子は怖くてそれを見ずに小屋に戻った。 「はあ、はあ。まず、戸を直さないと」 外されただけだった。民子はなんとか戸を元に戻した。しかし、男達は仕返しに来るかも知れない。どうしようと思った。ここで民子。外で火を起こした。笹を燃やすと白い煙が出てきた。これをどんどんあおぎ、周囲を真っ白にしていった。 「おーい。川はどっちだ」 「お前こそどこだよ。全然見えねよ」 目眩しのために焚いた煙。このおかげで男達は遠くへ行ってしまった。 やっと一息の民子。でもまだ司は帰ってこない。玄関の戸だけは頑丈にかんぬきをかけたが。司がいなくて心細かった。 ……まだ帰ってこない。でもしっかりしなきゃ。 暗くなってきた竹林。シーンとしている。ひとまず囲炉裏にて夕食を作ったが。民子は食べずに待っていた。 ただ待っていても気が気ではない。竹細工を作ろうとしたが、手につかない。気がつくとつい、外の気配を見ていた。 その時。トントンと戸を叩く音がした。 「おい。俺だ。開けてくれ」 ……師匠の声に似ているけど。偽物かもしれない。 疑心暗鬼。恐怖の民子。この声に返事をした。 「俺って。誰ですか?」 「俺は俺だ。ふざけてないで開けてくれ」 「……本当に旦那様なら。証拠を見せて下さい」 「はあ?」 疲れて帰ってきた司、家に入れない。しかも民子は真剣だった。 ……なんなんだ?全く。 仕方なく。彼はこれに応じた。 「そうだな。お前は昨夜は鍋を焦がしただろう?他には布団を干すと言って、いつの間にか布団にくるまって昼寝をしていた……」 「わわ。わかりました!今開けます」 パンと開いた戸。その目は涙目だった。 「師匠!」 抱きついてきた民子。ぎゅうと力が入った。 「どうした?」 「……知らない男が来て……怖かった」 「知らない男?お前、何かされたのか!」 腕を掴む司、民子、首を横に振った。 「床下に隠れてたんです。でも刀を盗まれて……でも、取り返しました」 「なんということだ?して、相手は?」 竹林にいた時。煙を焚いたのでおそらく迷いながら帰ったと民子は説明した。 「そうか。一人にして悪かったな」 「いいえ。もう、もう大丈夫です」 それでも。小刻みに震える民子。司、許せなかった。 この夜、気分を変えてやろうと司は民子の実家の話をした。これで機嫌を良くした民子。ほっとした司であるが、翌朝、早朝に竹林を確認した。 ……ここから入ったんだな。なるほど。 この竹林は自分の庭。現在は民子のために目印の石を埋めていた小道。司はこの場を見渡した。 やがて取り出した斧。彼はこれで竹を切っていった。そして道を変えていった。 これにより。この新たな道をたどると竹林の外に出てしまうような道にした。自分たちの小屋に行くには非常にわかりにくいように死角を作った。 ……もう、民子なら目印の石で行き来できるし。 竹職人の仲間が、変更しても全く問題ない程度。司、こうして他者がこないように施した。これは民子には話さなかった。 「ただいま」 「おかえりなさいませ」 「それは?」 「ああ?これですか……ふふふ」 鳥の卵をもらった民子。ゆで卵を作っていると話した。 「それで?何をしているんだ」 「転がしているんです。黄身が真ん中に来るように」 「好きにせよ」 司、ゴロンと横になった。すると民子。心配そうに傍に座った。 「師匠はゆで卵はお好きではないのですか」 「別にそうはもうしておらぬ」 「でも」 調理が苦手な民子。せっかく作ったのを食べて欲しかった。司、この心情をやっと気がついた。 「わかった!食べてやるから。持ってこい」 「……はい!」 嬉しそうな民子は笑顔で卵を持ってきた。 ……全く。ゆで卵くらいで。 「どうですか」 「まだ剥いているだけだ」 「民子が剥きましょうか?」 「うるさい。どれ……う!」 「まあ?詰まりました?お茶を」 民子。司にどうぞとお茶を出した。司、これを飲んだ。 「ああ。死ぬかと思った」 「……ごめんなさい」 「お前が謝ることはない。俺が悪かったんだ」 「あの……味は?」 司、実際はよくわからなかった。しかし、感想を言わないといけない雰囲気だった。 「そうだな。硬さもちょうど良かったし。黄身の茹で具合も良くできていた」 「お味は?」 「うまかったぞ」 「本当ですか?やった!では、民子も食べよっと」 「おい?お前、先に味見をしたのではなかったのか」 ここで民子。じっと司を見た。 「だって。先に食べるなんて。民子にはできませんもの……うん、美味しい」 ウキウキしている民子。司、仕方なく許すことにした。 「師匠、まだありますよ」 「もう良い。お前が食べろ」 「こんなにたくさん食べられないですもの。そうだ!半分にしましょう」 「できるのか?半分に」 やれるやれるできるできるという民子。やはりぐちゃぐちゃになってしまった。 「うわ?これじゃダメですね」 「どれ。俺が半分食う。その手のを寄越せ」 「師匠」 見た目がグチャグシャのゆで卵。もぐもぐと司、食べてくれた。 「お前も食え。勿体無いぞ」 「はい。うん……美味しい」 「ふふ。ははは」 突然、司が笑い出した。民子、目を丸くした。 「どうしたんですか」 「ははは。お前の鼻に卵がついているぞ」 「どこですか……とって、早く」 「動くな!ふふ……ははは」 あまりに笑う司、民子、ちょっと面白くなかった。彼女の手にはまだ茹で卵が付いていた。この手で司の頬をベタと触った。 「おい!何をする」 「ふふふ。ははは」 「俺も、こうしてやる」 「うわ?ベトベト。うふふ。ひどい顔」 囲炉裏端の前、粗末な家、しかし二人は今夜も笑っていた。 十三話『誰もいない竹林』完 十四話「楽しい秋」つづく
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2010人が本棚に入れています
本棚に追加