十四 楽しい秋

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十四 楽しい秋

「師匠。できたんですね」 「ああ」 「可愛いですね。ロバの籠なんて」 思わず抱きしめている民子。司、見ないふりをした。可愛いのは民子であった。 「師匠」 「なんだ」 「この、縄とか、背負い籠の紐って。誰が作っているんですか」 「ああ。それは進次郎の嫁さんだ」 竹細工に使用される小物。棚にたくさんある細かい材料。司は説明した。 「こういうのは農家の嫁さんの内職だよ」 「へえ。綺麗な模様ですね」 「女によって柄が違う。こっちのはヨネのだ」 「派手ですね。ふふ」 全てが面白そうな民子。ふと、司。思い出した。 「そうだ。民子、手を出せ」 「え?は、はい」 急に言われて出した手。左手だった。 「やっぱり」 「なんですか」 「お前。左利きか」 目をパチクリさせた民子。 「……はい。お箸と筆は右ですけど、どうしても」 「いいんだ。別にそれは。では、小刀はどうなんだ」 「あ?ああ、右で切ってます」 民子。竹を切る自分用の小刀を手に取った。 「私。細かい作業は左で。力が入るのは右なんです」 「なんだそれは」 「……自分でもわからないんです」 民子。座り作りかけのザルを編み出した。その向かいの定位置に座った司。話を続けた。 「では。石を放るのはどちらの手だ」 「遠くなら右で。近くなら左です」 「刃物は」 「力で切るのは右で。細かく切るのは左です」 司。スッと立ち上がった。民子、見上げた。 「すいません。黙っていて」 「……これを使ってみろ」 「これは、小刀」 差し出した小刀は特殊なもの。両刃になっており、左右どちらにでも切れる様になっていた。しかも年季ものであった。 「使え。というか。お前にしか使いこなせぬ」 「いいんですか」 「それは。俺の母親のだ」 司の母。左利きだった。親に厳しく右利きを練習させられたが母は直せなかった。よって娘になっても躾に厳しい家には左は宜しくないと嫁に行けず、こうして左利きを気にしない竹細工の家に嫁に来たと彼は聞いていた。 「使ってみます……これは、すごいです」 「そうか」 「うん……どっちでも使えます!これは」 目をきらきらさせて竹細工を作る民子。司は微笑んでいた。そんな中、鈴竹が仕入れにやってきた。 「はい。ロバ用で特別注文、笹谷商店さんですね。了解です」 「よろしく」 「ところで司さん。進次郎さんって何かあったんですか」 「どういうことですか」 鈴竹の話では。やけに竹細工を買ってくれと言われたということだった。 「まあ、買いましたけど。何かあったのかと」 「自分は心当たりありませんが」 「では。また来ますね!お弟子さん、お茶をどうもです」 元気に帰って行った鈴竹の商品。しかし司も民子も気になっていた。 翌朝。司は進次郎に会いに行った。 「おう進次郎」 「司か、どうした」 「いやその。鈴竹さんが、お前のことを心配していたから」 「あ、ああ」 薪を割っていた進次郎。斧を置いた。 「実はな。また子供ができて」 「またか」 子沢山。お金が欲しいと彼は肩を落とした。 「嬉しい反面。上の子も学校だしよ。少しは金を作らねと」 「お前の牛籠は評判だってな」 「ああ。これから冬だし。畑の方も忙しいしな」 兼業農家。食べる物はあるが、現金がない進次郎。また薪を立てた。 「お前もそうだろ?親父さんは?」 「ああ。今度手術だ。また金が掛かるよ」 「お互い苦労するが、ま!やるしかねえさ」 そう言って進次郎。薪を割った。秋の風が吹いていた。 「これ。笹を持ってきた」 「お?綺麗だな。母さんに渡しておくよ」 「じゃあな。無理するなよ」 「お前もな!民ちゃんによろしく」 スッと手をあげて司。竹林を後にした。秋の風景。村は秋色になろうとしていた。 その夜。司は食べながら進次郎の話をした。 「五人目ですか?」 「ああ。若くして結婚したのでな」 「それは大変ですよ」 二人の食料で手一杯の民子。そんな大所帯の家の話に目を驚かせていた。最近の民子。司の代わりに商品の利益を帳面につけていた。司の父親の医療費も民子は必死に貯めようとしていた。 ……みなさん、こんなに頑張っているのに。お金がないなんて。 「そうですか」 「まあ。食べ物があるから。まだうちよりもいいか」 司。焼き魚を齧っていた。民子、ふと土間の袋を指した。 「師匠、ご心配なく。民子は春まであのお芋で行けます」 「お前は本当に頑固だな」 呆れた司。民子、にっこり笑った。 「それに。師匠がいますから。民子は他には何も要りません」 「ゴホゴホ!」 「まあ?大丈夫ですか?」 ……こいつは本当に急にそんなことを。 恥ずかしいことを言い出す娘。司、嬉しいが困っていた。それを知らず彼のそばにやってきた民子。肩に手を置いた。 「お顔が真っ赤だわ?詰まりました?」 「い、いい」 「はい。お茶。飲んで早く!」 「ふ。わかったよ」 目の前で心配そうな娘。黒い瞳、長いまつ毛。自分を見つめていた。自分だけを見ていた。 「ふう。平気だよ」 「よかった……」 胸を撫で下ろした民子。司側に正座を崩した。 「なあ。民子……今度、市場に行かないか」 「市場」 隣に座る娘。司、喜ぶ顔を見たかった。 「それは、どういうのですか」 「駅までな。勝手市場と言って。色んな業者が持ち寄って。その日だけ店を開くんだ。俺も来月には竹ぼうきを売るが、今月はしないし」 「……勝手市場」 「ああ。文字通り、勝手に売るんだ」 「師匠!」 「な、なんだ」 民子。司の首元に抱きついた。 「そこで売りましょう!竹細工を!」 「は?」 「ね?やりましょうよ」 「おいおい」 民子。司の顔を超近距離で見つめた。 「行きたいです。お願いです」 「はあ」 見たかったのはこんな怖い顔ではない。司、その鼻をぎゅうと摘んだ。 「う」 寄り目の民子。司、ニヤと笑った。 「やることをやってからだぞ」 「もちろんです」 「よし」 手を離した司。民子の頭をポンと置いた。そして、一人夜の外に出た。 ……危なかった。 いきなり抱きついてきた民子。あれは師匠とか兄とかそういうもの。司、彼女の香りを思い出し、必死に殺していた。 「はあ」 秋の夜空。月が綺麗にまん丸だった。小屋を背にそれを眺める司。自分を呼ぶ声がした。これに肩を落として家に入った。 秋の竹林、涼しい風。二人には秋の足音が、少しづつ近づいていた。 十四『楽しい秋』 完 十五『青い気持ち」つづく
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