二 勝手市場

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二 勝手市場

「ええと。荷物は」 「そろそろ進次郎がくるのではないか」 「私。外を見てきます!」 朝ぼらけの秋、勝手市場の当日。そう言って外に飛び出した民子。司、やれやれで部屋を見渡した。昨夜から興奮気味の民子。忘れ物などを彼は見ていた。 「師匠!師匠ー」 ……進次郎が来たのか。 司。出かけようと小屋の戸に立った。するとこの時、戸が開いた。 「いた!?早く、もうお越しです」 「民子……あのな」 「師匠!進次郎さんを待たせてはなりません」 「待て!こっちに来い」 司。民子の着物の奥襟を掴んだ。そして抱き寄せるように近づけた。 「お前な。興奮しすぎだ」 「だって」 「だってではない。留守番にさせるぞ」 「え?そんな」 民子を心配する司の怒り顔。民子、はっとした。 「すいません」 「良いか?俺の言うことが聞けぬなら本当に帰すぞ。わかったか!?」 「はい……」 「よし。では。参るぞ。忘れ物がないか見てくれ」 「はい」 司の言葉で我に帰った民子。小屋の中を確認した。小綺麗に整頓された小屋 。作りかけの竹細工。洗った囲炉裏の鍋、そして水場に生けた花に目が行った。 「あれ、お水が取り替えてある」 窓の外には司と進次郎の笑顔。民子、司が花の水を交換してくれたと悟った。これは自分が摘んできた野菊。すっかり忘れていたのに。司、これを手入れしてくれていた。 ……うう。また失敗してしまった。 先手、先手で動く師匠の司。民子。またしても弟子として遅れを取ってしまった。師匠の手伝いをしないとならぬのに、師匠に世話をしてもらっている自分、情けなく、またどこか有難かった。 「民子。参るぞ」 「はい。ただいま」 そして戸締りをした民子。進次郎の大八車に向かった。その荷台には大量の商品。三人は早朝の竹林の抜け、駅前の商店街を目指した。 「うわ。すごい人。お祭りみたい」 「ボケとするな。進次郎。場所は?」 「……幹太たちが場所取りを、あ?いた」 おーいとこっちに手を振る男性。民子が竹の湯で見かけたことのある竹職人仲間の幹太。この近くに実家がある幹太。昨夜から場所取りをしてくれていた。 「おはようございます。お世話になります」 「幹太、ありがとうな」 「へへ。気になったんで。俺、ここで寝たんだよ」 「ここで?」 民子の驚き中。幹太、鼻を擦っていた。確かにここにはゴザが敷いてあった。 「そこまでしてくださったなんて」 「いいんだよ!隣の人と仲良くなったし」 幹太。隣で出店する準備の農家の人に挨拶をした。これに司も倣った。民子、遅れをとりながらも頭を下げた。 「さあ。それよりも店を作らないと。準備だよ」 「はい!」 幹太の手伝いもあり、司と進次郎は商品を並べる机を手際よく作っていた。その間、民子。他の出店する店を見ていた。 ……そばには竹細工の店はないみたい。よかった。 右隣は農家の野菜。左隣は骨董品。仏像や壺を並べていた。互いに邪魔にならない店。民子、ひとまず安心した。 初めてやってくる素人によるこの市場。民子は様子を探り、店構えを整えていった。 「どうかな。こんな感じで」 「助かったよ。幹太」 「いいんだよ!なんか面白そうだし」 「おい。二人とも。これ朝飯だ」 進次郎。嫁がくれた握り飯を出した。三人は立ちながら食べた。 「どうかな。今日の人の入りは」 「天気がいいから。来そうだな」 「あ、ああ。俺はちっとあいつを見てくる」 幹太と進次郎に任せて。司は品を並べている民子に向かった。 「民子」 「師匠。そのザルはどこに置くのがいいですかね」 「いいから。休め。ここに座れ」 「でも」 「お前……俺の言うことを聞くはずでは?」 ギリギリと怒る司。民子、気が付いてゴザに正座した。 「はい。座りました」 「食え。これを」 「はい。では師匠も一緒に」 「いい。俺は向こうに行っている」 そう言って背を向けた司。進次郎と幹太の元に行った。その頼もしい背中。これを見ながら民子はおにぎりを食べた。この時、隣の農家の女性が声をかけてきた。 「これ。良ければ漬物食べてちょうだい」 「ありがとうございます」 綺麗な色の漬物。民子、いただいた。 「味見してちょうだい。私らはこれを売るんでね」 「美味しいです!楽しみですね」 「ええ。そっちは何を売るんだい?」 こうして準備を進める勝手市場。そして開始となった。 「いらっしゃいませ。どうぞ。竹細工です!腕の良い職人が作った籠やザル。他にも竹の石鹸がございます!」 民子の声。司も進次郎も恥ずかしくなった。職人気質の二人。民子の指示で目の前で竹籠を編んでいた。こうすれば客が来ると言われた二人。黙っていてもすることがないし気恥ずかしい。よって黙々とカゴを編んでいた。この職人の様子。早速客が足を止め出した。 「すごいね。あれはなんのカゴだい」 「あれはリンゴを収穫するカゴです。他にもいろんな竹細工がありますので。ご覧ください」 少しづつ売れるカゴ。少しづつ忙しくなってきた勝手市場。ここに意外な助っ人がやってきた。 「進次郎さんのお母さん?」 「来てみたよ。繁盛しているじゃないか」 一見、無愛想な進次郎の母、トラ。実は自分の作った笹茶が気になっていた。この心を知る民子。トラに店番を手伝ってもらうことにした。 「私がかい?」 「はい。さあ、おトラさん。お客さんですよ」 「え、あの、いらっしゃい!」 「この石鹸はなんだ。黒いじゃないか」 商品を尋ねる客。おトラはこれを熱心に説明した。嫁と息子が作った真っ黒石鹸。買っておくれと勧めていた。その間、民子は笹茶の試しのみを通りすがりの客に勧めていた。 竹を切っただけの湯呑み。ここに入っている笹茶。香り高い薄竹色。飲んだ客はその美味さに買っていた。 「毎度ありがとうございます」 「お民や。石鹸がもうないよ」 並べた石鹸を売ったおトラ。困り顔に民子はさっと下を指した。 「おトラさん。足元にあるんです。それを並べてください」 「全部かい」 「いいえ。少しづつ。たくさんあるよりも少しの方が貴重な感じがするんですよ」 「そんなもんかい」 ぶつぶつ言いながらもトラは手伝っていた。そして黒い石鹸は飛ぶように売れていった。司と進次郎の実演販売も好調。民子の笹茶ももうすぐ売れ切れである。 「さて。あとはザルをもっと」 「すいません。そのお茶をください」 「あ。ありがとうございます」 すると。男は紙幣を出した。百円札だった。 「お札ですか」 「これしかないんです」 民子。男の手を見た。背広姿であるが泥だらけの手、なのにやけに綺麗な新札。綺麗すぎであった。この違和感。民子、商人の勘が動いた。 「すいません。今、お釣りを切らしてしまって。そのお金ではダメです」 「そう、ですか」 「すいません。またの機会に」 こうして断った民子。見ていたトラは何気に聞いてきた。 「なんでだよ。釣り銭はあるじゃないか」 「あのお金は怪しいです。偽物かもしれないし」 「え?」 「背広姿なのに、顔も手も泥で汚れていたんです。あのお金は泥棒したものかもしれないし。良いんですよ、こう言う時は売らない方が」 「へえ」 詳しい民子。トラは感心していた。この時、司の声がした。 「民子!こっちに来い」 「俺たちも助けてくれよ」 「はい!」 気がつけば。司たちの実演の周り、人だかりになっていた。 つづく
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