二 勝手市場

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「あの、お客様。どう言うものをお探しですか」 進次郎のそばにいた男性に話しかけた民子。客は興味深そうに言い出した。 「俺は今、その職人さんが編んでいるのがいいんだ。できれば私の背に合わせて背負子カゴを作って欲しいんだ」 「かしこまりました。進次郎さん。お客様に合わせてください」 「おう」 すぐに仕上がるので客はまたくると言った。そして民子、司の元に向かった。彼の周りには若い娘達が取り囲んでいた。民子。不思議に首を傾げながら娘達に声をかけた。 「いらっしゃいませ。どんなお品をお探しですか」 「あの。この人が作っているのは何ですか」 司。静かに答えた。 「これは。梅干しの梅を干す時のザルだ」 「まあ」 「すごく大きいのね」 よく見ると。娘たちはザルではなく司を見つめていた。黙々と作業する司。その真剣な様子。本人は無自覚であるが美麗な姿、動かす手の長く白い指。仕草の美しい様子。娘達は竹細工ではなく、司を見ていた。 ……やっぱり。みんな師匠を見ているわ。 確かに素敵な男性。民子、急に頭にきた。 「すいません。買わないのなら帰ってください」 「ええ?」 「そんな」 「民子?」 不思議顔の司。民子、彼を隠すように立つと娘たちを追い返した。 「良いのか?買うかも知れぬのに」 「あんなのは冷やかしです!」 「何を怒っておるのだ?」 訳のわからぬ司。民子、ここで休憩といい、司にお茶を出した。二人で仲良く飲み始めた。 「一体何があったんだ」 「別に、怒ってなどいません!」 「……」 ……かなり怒っている。 理由がわからぬ司。民子をじっと見た。民子、どこか心配そうだった。司は今日の売り上げのことで民子が案じていると思った。 「良いではないか。売れたのだから」 「売れましたけど……でも。その」 「申せ。気になる」 「はい……師匠がその」 「なんだと言うのだ」 「人気があるので嬉しいのですが。民子はその……ちょっと」 「言え」 「寂しいというか。その、私だけの師匠じゃないんだって思って」 俯く民子。寂しそう。この様子、司は何食わぬ顔でいたが、その胸は恐ろしくドキドキしていた。 ……何を言い出すのだ?こいつは。 「俺の弟子はお前しかおらぬが」 「そういう意味ではないんです。師匠はその、腕もあってなんでもできるし。民子はその、何も出来てないので」 「……民子。あのな」 「師匠の作品が売れると嬉しいんですけど、どうしてでしょうか。民子はその、置いてきぼりの気がして」 「民子」 蚊の鳴くような声の弟子。司、その手を握った。 「良いか。俺も進次郎も。お前がいなければこんなことはしなかった」 「……はい」 「それに。なんだ?寂しいとは。私がそばにおるではないか」 民子を励まそうと必死の司。民子、うんとうなづいた。 「いますね。確かにここに」 「ようやくわかったか。愚か者め」 頭を撫でる司。民子、猫のように嬉しそうにした。そんな二人、品を売り尽くしたため早めに店じまいにした。 「さて。片付けだ」 「やりますか」 「司に民ちゃん。もうそんなにすることないからさ。他の店を見てきなよ」 進次郎。母親も買い物に行かせていた。自分はここで留守番をしているので二人で行ってこいと言ってくれた。 「でも」 「いいから。行くぞ」 せっかくの言葉。司、民子を連れてようやく市場を回った。最初は遠慮していた民子。ワクワクしながら道に並んだ店を見ていた。 「うわ?綺麗」 「欲しいか」 「いいえ。あれなんか面白い!あれを竹で作れないかしら」 ……まだ竹のことを。 彼女を楽しませたいと思う司。しかし民子の頭の中は竹のことばかり。呆れる司、頭を抱えてしまった。 「ねえ、師匠!師匠」 「今度は何だ」 「これ。師匠の帯にどうかしら」 「着物の帯」 自分のものを選べば良いのに。彼女が探しているのは司のものばかり。司、民子の手を握った。 「俺のは良い」 「そうですか」 「お前は、欲しいものはないのか」 「欲しいもの……か」 民子。立ち止まりじっと司を見上げた。 「民子は師匠が居れば、他に何も要りません」 「俺が居ても何にもならんぞ」 意地悪顔の司。民子、微笑んだ。 「本当にないんです。民子は、その、師匠といられれば、それで」 「……わかった、わかったよ」 可愛い民子。司。これ以上の言葉を聞いて入られなかった。嬉しい気持ちを隠すように二人で歩き出した。その時、ふと、司、ある物に目が留まった。 「鈴か、音色はどうかな」 「いらっしゃいませ。どうぞ。お手にとってください」 大きいのから小さいもの。鈴が並んでいた店。司、民子に選ばせた。 「この音が綺麗です」 「では、これを買おう。すいません。これを一つ」 司。民子にこれを買った。 「今日の駄賃だ」 「本当にいいんですか」 胸にしまった民子。嬉しさ目を涙を滲ませた。この娘の肩を抱きつつ、司は進次郎の元に戻った。こうして三人は市場を後にした。 帰宅したのは夜。進次郎を見送ったよろよろの民子。司は寝かせた。そして自分は今日の売上金をしまった。 ……こんなにあるとは。すごいものだ。 進次郎と幹太にも分け前をあげても。かなりの高収入。おかげで父親の病院代もなんとかなりそうな勢い。司、寝顔の民子を見つめた。 今日の仕事でうす汚れた寝顔。その手はなぜか胸もとに置いてあった。その手の下には、鈴が入っていた。 ……さて。俺はもう一踏ん張りだ。 今日の勝手市場にて新たに注文を受けた司。民子の寝顔に元気をもらい立ち上がった。 小屋の外は秋の風、もうすぐやってくる冬と、可愛い弟子のため。司は今夜も仕事に向かった。その顔、疲れていたが、その胸の中は民子を思う気持ちでいっぱいであった。 二 勝手市場 完
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