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六 心を編んで
「あーあ。こんなに編んだのに」
「……最初の方で間違えていたんだ。このまま編むといずれここが合わなくなる」
「うう、やり直しですね」
落ち込む民子。司、頭をポンと撫でいた。
「せっかくここまで作ったんだ。だから。修正すれば良いんだ。見てろよ」
司、民子の作品を編み始めた。それはやり直すのではなく、編み目を合わせる手法。これには民子、目を輝かせた。
「すごい!そういう方法があるんですね」
「まあ。誤魔化しだがな?編み目を工夫することで、こうやって直すこともできる
「なるほど!ええと。そこから先は民子がやってみます」
奪うように籠を持った民子。真剣に編んで行った。その横顔、司は見ていた。
……すごい集中力だ。これなら春に帰ってくる親父も説得できそうだ。
職人としてはまだまだ。まだまだ。しかし、弟子になる条件、真面目であり丁寧。素直に助言を聞く姿勢。これらを満たしていると司は思っていた。
……まあ、まずはそこからだ。
一人納得していた司。そこに民子が声をかけてきた。
「あの」
「ん?」
「師匠?さっきから呼んでいたんですけど」
「あ。ああ」
顔が近い民子。これにドキとしたが、司、冷静さを必死に保とうとしていた。
「ちょっと考え事だ」
「怖い顔でしたけど。あの?師匠は今日は何を作っていたんですか」
「俺か?ああ、ちょっとな」
生活のための竹細工作り。しかし。最近、司は何やら異なるものを作っていた。民子はそれがずっと気になっていた。
「そろそろ教えてください」
「……まあ。そんな大事ではないが」
司。恥ずかしそうに話し出した。
「実はな。鈴竹さんが、その。俺の作品をコンクールに出したいというのでな」
「コンクール」
「ああ。今まではそんな気はなかったんだが」
司、民子をチラと見た。
「最近は製品も売れているし。鈴竹さんの顔を立てて、出品しようと」
「……師匠!」
「おっと」
民子、興奮して司の着物を掴んできた。
「それって。もしかして全国職人コンクールですか?」
「詳しくは知らん」
「きっとそうですよ!鈴竹さんから推薦なんて!うわ……どうしよう」
「おい。民子」
「誰でも参加できるものじゃないんですよ?師匠、そうだ!作品は」
「落ち着け。なあ、民子……」
司。民子を抱きしめた。
「……民子。鎮まれ、どうどう」
「は、はい」
司の暖かい胸。民子。その香りに静止した。
「よーし。良い子だ?いいか、俺は確かに出品するがな。そもそもこういうものに一番とか順位をつけるのは俺は嫌いなんだ」
「でも、参加するんですね?」
司、静かに民子を見つめた。
「ああ。参加する。それは一番を取りたいからじゃない。竹細工の素晴らしさを紹介したいからなんだ」
「……そう、ですか」
「ん?不満か」
自分をじっと見つめる民子。微笑んだ。
「いえ?師匠らしい考えだなって」
「お?」
「民子は、その……」
「その?」
そんな司が好きだと。民子は言いそうになった。しかし。抑えた。
……私、まだそんなことを言える立場じゃないわ。まずは職人として、認めてもらいたいもの。
「その……お、応援します」
恥ずかしそうに見つめる娘。司とて、同じ気持ちだった。コンクールに出品も、その心の現れ。父にも世間にも。自分という職人を認めてもらいたい。それは民子との将来への布石でもあった。
「ありがとう。民子」
恥ずかしそうな民子。司はおでこをコツンとつけた。彼女の暖かさが伝わってきた。
「はい」
「というわけで。飯にするか」
「はい。今夜はですね。きのこご飯です」
笑顔の二人、なぜか手を握っていた。竹林の小屋。優しい囲炉裏の日が揺らいでいた。
こうして司。コンクールのための作品を編んでいた。イメージがあったがなかなか気に入ったものができない。完成した作品を前にため息をついていた。
「どれも素敵ですが」
「……しかし。どうも気に要らないんだ」
凝った編み方。細かい模様や形。司には色んなことができる。民子、彼の作品を見ていた。
「そうですね……これは竹細工ですよね」
「俺はその職人だからな」
嫌味の司、反して夢中な民子。ぶつぶつ言い出した。
「だから。なんて言うんでしょうか。竹細工のすごいものもすごいですけど。竹細工の挑戦というか。竹細工でこんなものが作れるの?って民子はいつも思っているんです」
「……竹細工の挑戦」
「抱き枕もそうでしたけど。竹細工で作らないようなものを作るとすごいんじゃないですか」
「お前は俺に何を作れと申すのだ?」
「そう、ですね……例えば、お着物とか」
「着物?竹で?」
「ふっふ。冗談ですよ」
そう言って。民子は外に出てしまった。司、今の言葉を反芻していた。
……竹細工で作らないもの……誰も作ったことがないもの。
職人の彼。弟子の民子に言葉に触発された。そして、それを作り出した。
「師匠?それは?」
「完成してからのお楽しみだ」
「うーん。」
複雑な作品。これは完成するまでわからないようなもの。大変面倒な作業ばかりでなかなか進まない。しかし、司、楽しかった。
こうして二人は十二月を過ごしていた。北風しかいない二人の世界、それは静かで清らかで。竹細工職人の二人にとって、長いようで短い日々。覚えることがいっぱいの濃い時間。収入もあり食料を貯蔵していた二人には、竹細工のことだけができるという極めて貴重な時間を堪能していた。
そんなある日。司は父親の見舞いに行く日になった。これは治療代を年内に払うためのもの。それに彼の父は病院で年越しになる。息子として挨拶をしておこうと前からこの見舞いを決めていた彼だった。
「俺が帰ってくるまで。今の籠を完成させておけよ」
「はい!完成したら。次のを作って良いですか?」
「ははは。そんなに早くできるか?」
「……師匠。これ、おにぎりです。後、寒いので、襟巻きを」
司を心配する民子。彼の首にそっと襟巻きをかけた。背が低い彼女。一生懸命に背伸びをしていたので司、ひょいと首を下げていた。
「はい。これでいいです」
「帰りに美味いものを買ってきてやるからな」
「いいですよ?もらったおまんじゅうもありますから」
「……別にそれくらいは」
「いいんです!とにかく、気をつけて行って下さい。そして早く……」
帰って下さい。と言う声は小さかった。司、俯く彼女の頭を撫でた。
「寄り道せずに帰る。それに戸締りをしておけよ」
「はい」
そして彼は小屋を出た。
「では」
「行ってらっしゃいませ」
「あ、ああ」
戸口で見送る民子。どこか不安そうだった。それを背にして進むはずの司。なかなか前に進めなかった。
「くそ!おい、民子。忘れ物だ」
「なんですか?」
戻ってきた司。ぎゅっと民子を抱きしめた。
「師匠?」
「……すぐ帰るから。待っていておくれ」
「はい。大丈夫ですよ?民子は、ここで、お待ちしております」
「わかった。では」
どこか。おでこに口を当てられたような気がした民子。それを言わずに送り出した。
司の温もり、香り。声がまだ残っていた。民子の周りにはまだ司がまとわりついていた。
……さあ!こうしてはいられないわ!私の仕事をしなくちゃ。
師匠に心配などかけられない。民子、小屋に戻った。そして制作に取り掛かっていた。
そして一時間ほどした時、戸を叩く音がした。
「もし!お嬢さん。ここの旦那さんが大変なんだよ」
「え。どう言うことですか」
用心して戸を開けなかった民子。戸の向こうでは切迫した声がした。
「電車の事故に遭ったんだ。駅で倒れてあんたを呼んでいるんだよ」
「本当ですか?お待ちください」
民子、慌てて戸を開けた。そこにいたのは見覚えのある男達だった。
「爺?」
「お嬢様。お探ししまたぜ」
「え……私は違うわ」
そんな言い訳は通用しない。民子、力尽くで男達に捕まった。
つづく
次週、最終話になります。ご愛読感謝申し上げます。
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