母国

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 ロケットが加速する。第一宇宙速度。つまり、秒速7.9kmは時速にすると28,400kmだ。メラメラと燃えるエンジンノズルによって、空中に押し出されるような強烈なGに耐えながら、僕の乗った宇宙船は僕の宇宙服をたたきつけるような重力で押しつぶそうとする。  計器盤が異常を告げる。急速に油圧が低下して行く。つまりエンジンのどこかに穴が空いたのだ。このままでは墜落するだろう。その場合、地上の司令センターの発する信号によりこのロケットは空中で破壊される事になっている。この機体が地上のどこかに落ちる事を避ける為に、ロケットはその時点で犠牲になるのだ。  つまり、僕はこのロケットもろとも空中で吹き飛ばされるわけだが、助かる方法が一つある。それはこの異常が告げられて、地上の司令センターがロケットを爆破する前に、コクピットの右側にあるレバーを強く引けば、コクピットがロケットから離脱する仕組みになっている。しかし、この異常の検知より3秒後にはロケットは爆破するようにマニュアル化されている為、3秒以内にレバーを引く必要があった。  僕は間髪入れず迷わずに、そのレバーを引いた。  バコーン  僕は次の瞬間、コクピットごと成層圏に投げ出されていた。  「もう少しで宇宙だった。」  僕は心の中でそう思いながら、コクピットの窓から見える宇宙の電離層に響き渡る雷鳴を聞き分けながら、落下するコクピットの中に横たわった。  脱出の訓練はしつこい程何度も繰り返していたからこのまま地上に落ちても別に死ぬ事は無いだろう。  しかし、落ちた先の地上で待ち受けるものは僕の想像とは、あまりにもかけ離れていた。  落下傘を開いて太平洋上に着水する瞬間、何の感慨も無かった。結局打ち上げに失敗したのだから、誇るべき勲章もそこにはなかった。ただただ洋上にぷかぷかと浮かぶコクピットと共に数時間を過ごす。  本来であれば、着水後数時間以内に、僕の乗ったコクピットから発信される救難信号によって自国政府から救助隊が救援に訪れるはずであったが、待てど暮らせどやってこない。  暫くして僕の乗ったコクピットは、小さな島の海岸に流れ着いてた。  僕はコクピットから降りると、窮屈な宇宙服を脱ぎ捨てる。とにかく暑い。真夏のようだ。真夏の夜の風景がそこに広がる。原住民が焚火を焚いてそこで踊りを踊っている。  フラフラとしながら、半分裸のような恰好で集会に参加する。分け隔てなく原住民が僕を仲間のように招き入れる。原住民たちは知っていたかのように着るべきものを僕に差し出し、僕はおもむろにそれに袖を通す。僕はそこで酒を振る舞われそして、現地のココナッツのような深いドロドロとした味の飲み物を腹いっぱい飲んで、気が付けば眠ってしまっていた。  翌朝、かんかん照りの太陽の日光で体が焼ける感じがして目を覚ます。掘っ立て小屋のような木々で編んだ小屋の中に僕は眠らされていて、小屋の天井の一部に穴が空いていて、そこから差し込む強い太陽の光が、僕の頬を照らしていて、それがあまりにも暑苦しくて目が覚めたのだ。  隣の小屋では、大きな音でテレビが喋っている。起き上がってその部屋に行って、周りの人々の群れに加わってテレビを眺める。テレビのブラウン管の下にはSONYと書かれたステッカー。  託児所さながらにそこは子供達の群れ。一部10代の青年や少女が、あやすように乳幼児を抱きかかえていた。  テレビには僕の国の様子を知らせる映像が映し出されていた。  僕の国は昨晩の核ミサイルの攻撃で滅んでいた。  一度に10数か所の都市を、同時に核ミサイルが襲い、為す術も無く国土は焦土と化していた。  生き残った人達がいたとしても、放射能汚染によって長くはもたないだろう。  つまりは、僕がロケットから脱出して着水した後に、助けが来なかったのは、母国がこのような事態に陥っていたからだ。  「アナタ コノクニノヒト?」  髪の長い麻色に日焼けした少女が、口に指を加えながら片言で僕に聞いてくる。僕が脱ぎ捨てた宇宙服が物干しにぶら下がっていて、そこに張り付けられた日の丸のマークを指さして、テレビに映し出された日の丸のマークを指が行ったり来たりする。  「うん。僕は国を失った。」  「ウシナウ?」  「ナッシング。クロージング。ジエンド。」  「オー。ロストね。ユーカンパニー、ロストね。シャットダウン?OK?」  最後になんだかわかってもらえた気がした。あまりわかってもらっても嬉しくなかったが。  それから、僕はこの集落に身を寄せて長期間過ごす事になった。日本語を話すこの少女は、過去に日本に仕事で行っていた事があると言っていた。彼女はこの集落で老人達の相手をしている。介護職の身分にあり、この集落では尊敬され重宝されているようだった。  この集落の事をわからない僕に彼女は色々な事を教えてくれた。    彼女の名前はジュリアと言った。  暫くして、僕は彼女と恋に落ちた。帰るべき国を失い、金も名声も何もない僕に対して、かつての日本を知っているという共通点だけで、とても親切に優しくしてくれる彼女に、僕が好意を抱かないはずがなかった。  「アナタ くににカエル ホウホウ ない。わたしと メオト なる。こども ツクル。やがて クニになる。そこ、 アナタのコキョウ。いつかはカエレル。アンシンシテ。」  僕は彼女のやさしさに支えられ、ここの住民として生きる事を決めた。翌年僕等の間に子供が生まれた。  ある日、少し大きくなって走り回るようになった僕の子供が、僕が漂流してこの海岸にたどり着いた時に乗っていた宇宙船のコクピットの中で無邪気に遊んでいた。既にガラクタ同然だから、僕は特に気にもとめていなかったが、息子の様子がなんだか何かおかしい。  コクピットの中で無線が着信している。爆音でコクピットの周りに響き渡るように、無線が喋る。  僕は走った。  走ってコクピットの中に走り込む。長い間停止されていたコクピットの電源を、いたずらして息子が電源を入れた所、通信回路が生きていて、母国の無線を拾ったのだ。  無線の内容としては、国の大半は消失したが、一部、四国だけが戦火を免れて、生き残った国民はそこに集まって、再興に向けて活動している様子がうかがい知れた。  コクピットの中から降りて後ろを振り返るとジュリアの姿がある。ジュリアは第二子をお腹の中に設けていた。目には少し涙が。  「いってシマウの?シマのミナミガワ。フネ、マイシュウ くる。」  「いや・・。君を残してそんな遠い所にはいかない。」  数日後。集落の屈強な男達総出で、僕のコクピットを海岸から沖に運び出した。潮の流れに乗って、コクピットはもっと沖に向けて漂流を始める。  僕は再び何でもない日常に戻る。  結局、僕が必要なのは国土ではない。笑顔の絶えない集落の仲間と、居場所となるべき家族だ。  今日も集落の踊りが円舞され酒が振る舞われ夜を明かす。  遠い母国は僕を忘れたままに、助けに来ない。  (おわり)
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