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瀬戸際ジャッジメント
父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください。
こんな息子でごめん、俺もう疲れたんだ。
落下防止の柵を乗り越えると、夜明けの海が広がる水平線が迎えてくれる。
ギリギリのところまで踏み出すと、不規則な波の音が耳を洗った。
「っはは、ドラマみてー。笑える」
もちろん、笑えることなんて何もない。
形だけ吊り上げた口を引き締めた俺は、靴を脱いで揃え、一思いに踏み切った。
(さよなら世界……)
あぁ死ぬ、死ぬ、もうすぐ水面に叩きつけられてあっという間に
「あっという間、に?」
そっと目を開けた俺は、とんでもない事態に口をポカンと開け、そして絶叫した。
「う……浮いてるーっ!!」
えっ、ナニコレ、ありえなくね?
う、動けない。かろうじて目玉は動くけど、すんげぇ間抜けなポーズで浮かんでる俺。
なんか世界が白黒になってるし、飛んでる鳥の群れも写真みたく止まってるし。
脳が状況を把握しようとフル回転する最中、何の前触れもなくハイテンションな声が辺りに響いた。
「はぁーいこんにちわーっ!! いやぁ~キミすごいねぇ。自殺なんてなかなか出来ないよ? うん勇気ある。すごいすごい、めっちゃすごい」
「え、どちらさま?」
くるっと回転しながら目の前に現れたのは、アイドル並みに可愛い悪魔だった。
なぜ悪魔と分かったかって、そりゃ『これぞテンプレ』とでも言わんばかりの恰好をしていたからだ。
濃いピンクのツインテール。羊みたいに巻いた赤黒いツノ、胸元を強調するきわどいコスチュームに極めつけは黒い翼と尖ったしっぽ。
若干のコスプレ臭がしないでも無かったが間違いない。飛んでる時点で本物だ。
どちらさまと言う俺の問いかけに、悪魔は心底嬉しそうに両手を掲げた。
「よくぞ聞いてくれました! 『ゆりかごから墓場まで、あなたの願い叶えます!』悪魔商会のデビルちゃんで~っす。あ、これ名刺ね」
「はぁ、ご丁寧にどうも。……じゃねぇ! 何? 悪魔!? 怖いよ! いや可愛いけど!!」
「それではさっそく参りましょう。スポットライト、カモン!」
「ホント何が起こってるのこれぇぇ!」
ツッコミ虚しく、ガションという音と共にどこからか光が落ちてくる。はぁ!?
こちらの混乱にはお構いなしに、悪魔はどこから取り出したのかレポート用紙のような物を見始めた。
「ふむふむ、受験戦争に疲れてノイローゼ。思うように成績が伸びず両親からの期待に応えられそうもないことを苦にこんな崖から飛び降り自殺。ベタね~」
「ほっといてくれ! なんだよ、説教でもしにきたのか?」
「いやいや、むしろ逆よ。飛び降りてくれてありがとう、死ぬ前の3分間でちょっとプレゼンさせてね」
「プレゼン?」
なんやねん。と、ぼやく俺をよそに悪魔はフリップをドン!と、宙に叩きつけた。
「さぁ、今回ご紹介するのはこちらの商品! あなたの魂ちょこっと削るだけで来世の人生イージーモードをお約束! とんとん拍子のトン拍子!」
「通販だこれ」
「何をやっても上手くいかない、努力しても才能に勝てない。つらいですよね悲しいですよね、ですがもう大丈夫! 今回ご用意致しましたのはこれまでにない画期的な商品です」
ウワァァ……と、どこからともなく観客の歓声が聞こえてくる。どこから鳴らしてんだこのSE!
「頂く魂の量によって『美形コース』『天才コース』『一生働かなくても喰っていける夢のニートコース』などにお申し込み頂けます。複数選択も可能なのは当社だけ!」
「美形、天才、夢のニート……?」
ぴくっと反応してしまった自分が恨めしい。
仕方ないだろ! そんな才能に恵まれてたら、今こんな所で崖から落下してねぇよ!
しばらく黙り込んでいた俺だけど、辺りで誰も聞いていないことを確認してからこそっと問いかける。
「ち、ちなみに渡す魂の量って……どんくらい?」
「おぉっと興味が出てきましたね? ご安心下さい、来世の生活に支障のないレベルですよ」
「うーん、そうは言ってもなぁ」
「ぐぬぬぬぬ……では仕方ありません。今回は特別に、あなただけに! 今から3分以内にお申し込み頂ければ『毎朝起こしに来てくれるお姉さん系幼なじみ(爆乳)と、世話焼きの妹 (ロリ巨乳)』オプションをお付けしちゃいます! これホント赤字ですからね? 私が上から怒られちゃいますよっ」
「おぉぉ!」
「さぁ今からオペレーターを増員してお待ちしております。今だけ! 今だけの特別ご奉仕価格ですっ、お急ぎください」
そう、だよな。どうせ生まれ変わったところで同じようなレベルにしかなれないんだ。だったら――
「すみません、そのコースの詳しい加入方法を――」
「やめておいた方が賢明ですよ」
「うわっ、また新しいのが」
これまた前触れもなく悪魔の背後から現れたのは、神々しい見た目の天使だった。
輝く白銀の髪をショートカットにし、金ぶちの眼鏡をクイッと上げている。背中にはお約束のように白い翼と頭の上に輪っかを乗っけている。テンプレだ。
纏っている白い衣装にメリハリが無いのと、中性的な雰囲気もあってかパッと見では男か女か分からない。ただ、悪魔に負けず劣らず可愛いのは間違いない。
弾かれたように振り返った悪魔は、掃きだめのゲロを見た時のような顔をした。
「げぇっ、天使」
「まったくあなたも懲りませんね。そこの少年、詐欺ですよ詐欺」
「詐欺?」
「少し考えれば分かりそうなことですけどね。ここで契約を結んだとしても、生まれ変わったときにそんな約束をしたことを覚えてると思いますか?」
「うっ……」
「え、マジで詐欺なの?」
一瞬ひるんだ悪魔は、気を取り直したように手をパパパと振り出した。
「いっ、いやいやいや! 決してそんなことは致しませんよ? 当社の信用問題に関わりますからね! 本部のお客様相談センターのコールが鳴ったことは一度もございません!」
「そりゃ契約自体を忘れていたら苦情の一つも来ないでしょうよ」
「ぎくぅっ」
うわぁ、口でぎくぅって言ったよこの悪魔。
じとーっとした視線を悪魔に向けていると、メガネをクイッと上げた天使がこんなことを言い出した。
「そんな事よりそこの少年。私はあなたを迎えに来たのですよ」
「えっ、俺天国いけるの? やったー、やっぱ真面目にコツコツ努力して生きてたら良いことあるんだな」
「いえ逆です。自殺をしたものは天界で向こう500年雑用をしてもらう決まりですので」
「ぬかよろこびしたー!!」
生まれ変わりもせずに500年奴隷? そんなの嫌すぎる!
俺の絶望した表情を見た悪魔が、ここぞとばかりに近寄ってきて腕を引っ張った。
「ほーらね、やっぱり私と契約しましょ。そうしたら薔薇色の人生が待ってるわよ!」
負けじと天使が反対側に来て腕を掴み、しびれを切らしたように言う。
「そんなことは赦しません。ほらさっさと死亡して行きますよ。神の意向に逆らうつもりですか?」
なんだこの嫌すぎるモテ期。
魂を売り渡すか? それとも奴隷か? そんなヤバそうなこと即決できるわけないだろ! どうする俺、どうする!?
「だいじょーぶ! ちょっとチクッとするだけだから! 廃人になるとか、ウンコみたいな嫌われ者になるとか……あー……無いから!」
「どうせこれから生きてたって月残業100時間越え土日出勤当たり前な手取り15万の社畜になるだけです、社会の歯車ウンコ製造機の人生になんの未練が!?」
どっちがマシなんだ? 廃人ってなんだ? 天界の雇用条件とは!? 誰だ今ウンコって言ったの。
「君みたいなしょーもない魂を買い取ってあげるっていうんだから早くしなさいよ!」
「いいから罪を償え早く!」
「屑ニート!」
「社会の底辺!」
「う……」
プチっと、頭のどこかで何かが切れる音がした。
両腕を振り回して連れて行こうとする手を振り払う。
「うるせーっ!! あんたら好き勝手いいやがって!! 人のことを何だと」
その時、カチッと秒針の音が響く。
胃が浮き上がるような浮遊感が全身を包み、俺は落下していた。
「う、うわぁぁぁ!!」
ボワッとした気圧が耳に掛かり、冷たい水に受け止められる。
水面から顔を出した俺は水分を振り払って、今しがた落ちてきた崖の上を見上げた。
「ぷはっ! あれ? 俺生きてる!? うわ良かったーあんなクソ共に連れてかれるところだった」
朝日が差す空のどこを見回しても、飛んでいる美少女二人の姿など無い。
パニックが収まると、散々な言われ様だったことが思い起こされて胃の辺りがムカムカしてくるのを感じた。
「あーもう死ぬのもアホらし。帰ろ帰ろ、帰って勉強して一流のとこ入ってあいつら見返してやる。社会の底辺とか決め付けてんじゃねぇよまったく」
何がしょうもない魂だ。ちくしょう決めた、せいぜい寿命まで精いっぱい生きて、愛する人と孫たちに囲まれて安らかに畳の上で死ぬんだ。
そんで、今際の際にアイツらが来たら蹴っ飛ばして追い返してやろう。底辺根性なめんなよ! やる気になれば俺は……ふぇっ、ふぁっ、
「へーっぷし!!」
おわり。
『あらら、生き伸びちゃった。あんたが邪魔するからよ』
『それはこちらのセリフです。良い下僕が手に入ると思ったのに』
『まぁいっか、ニンゲンなんて星の数ほど居るわけだし。じゃあね、できれば二度と会わないことを願うわ』
『そこは同意しますよ、では』
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