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「あ、兄さん? えぇ、僕はこれから仕事があるので……運転手の方には行き先は伝えてあります。そこでインタビューの仕事が終わったら、今日はおしまいなので……えぇ、そのようにお願いします。……ぇ?」
外を走っていたから、上手に聞き取れなかった。
「…………ち、違います。仕事です」
――そうだったな。お疲れ様。
電話越しでもわかる。今、きっと笑っていたでしょう? 喉奥で、僕に笑っていると知られないように堪えてた。でも、ちゃんと聞こえてますから。笑ってるところ。僕が真っ赤にでもなっているって、思ったんでしょう? 確かに、今真っ赤になりましたけど。
――今日はこれから成田に会うんだろう?
確かに、今から会いますけど、それはっ、つまりっ、お仕事の依頼があったからで、ただそれだけで、嬉しいのは花を活けるお仕事を僕もできるからっていうだけで。ほら、僕、本当に花が好きだから、だからです。初めて、兄でも、上条家へでもなく、僕個人に来た花の仕事だったから、です。
「もうっ」
ただそれだけなんです、と兄に言いたかったけれど、環さんと約束した時間に間に合わなくなってしまうから、走っていたし、走りながらなんて息が切れて言えないし、だから、やめておいた。
真っ赤な顔の理由を言いたかったけれど、やめておくことにした。
かっこいい感じがいいと思ったんだ。
環さんの事務所に飾るのなら、甘やかな花で愛らしく、とか、美しく、とかじゃなく、凛々しくナチュラルでかっこいい感じの方が似合うと思った。
百合をメインに、それから白いアネモネ、あと同じ白いパンパスグラスを使いたい。
全部白にして、百合はできるだけ大きなものを。
「……楽しそうだな」
「え?」
「花に触れてる時の雪はやたらと楽しそうだ」
「……」
環さんがじっとこっちを見つめていた。頬杖をついて、足を組んで、ドキドキしてしまうような眼差しで。
「その百合、庭でお前が育ててたやつ?」
「! すみませんっ、あの、これは経費削減とかじゃなくてっ」
「っぷ、あははは、そんなこと思ってない」
これを使いたくて、だから、慌ててたんだ。一回僕だけ家へ戻ったから。今日は一日中、兄に同行していた。秘書だから、兄にはピッタリくっついているんだけれど、それだと百合が枯れてしまう。だから、仕事が終わってから取りに戻って、それで、ここへ向かおうと思っていた。けれど、仕事が押してしまって、時間がずれ込んだんだ。兄がとても申し訳なさそうにしていた。
「こ、これは、一番大きく育てられたし、色味が白で、ちょうど良かったからで」
「あぁ」
環さんが返事をして、立ち上がり、僕のそばにやってきた。
腰を引き寄せて、抱き締めるようにしながらとても近い場所でにこにこにこにこって……とても嬉しそうに、したりするから。
「白をメインにしたかったんです。華やかな感じよりも、環さんのイメージに似合う洗練されたかっこいい感じに」
「あぁ、それ、ススキ?」
「こ、これはパンパスグラスっていうんです」
「へぇ」
長い指が今、活けている最中のパンパスグラスに触れた。そっと。
「柔らかいな。お前の髪みたい」
「こ、こんなふわふわじゃ」
「そ? ホテルでシャワーの後、乾かしたお前の髪、こんな感じだぜ。ふわふわで柔らかくて、触り心地抜群」
「!」
「ナチュラルで、すげぇ好き」
「!」
どうしたらいいのかわからない。こんなの、ホント、どういう顔をしたらいいんだろう。どういう返事をしたらいいんだろう。不慣れどころじゃない。初めてだし、僕は甘やかされたり、愛でられるようなの、ホント苦手なんだ。僕みたいなのを花のように扱うなんてこと、その。
「すげぇ、可愛い顔」
「ど、どこが、ですか」
愛でられるようなタイプなんかじゃないもの。
「真っ赤でさ……」
兄みたいに慕われるタイプじゃないもの。
しっかりしているとか、真面目とか、そう褒められることならある。でもそれだって希で、基本、そう人に好かれるタイプなんかじゃない。だから、えっと。
「美味そう。食べたくなる」
「!」
「食べようかな……」
腰を抱く力が強くなって、それで、密着度が上がる。距離の密度が濃くなる。そして、首を傾げて、僕の背丈に合わせようとする環さんと――。
「おっ、お花! まだ! 活けてる最中なので! えっと!」
「っぷ」
「な、なんですかっ」
「いや……あぁ、仕事頑張れ」
「あ、ありがとうございます」
パッと手を離した環さんが自分の椅子へと戻って、僕はもう一輪、一番大きな百合を手に取って。
「あ、あの」
「ん?」
「僕に、仕事を任せてくださりありがとうございます。その、兄や父みたいにできるわけじゃないので、僕がプライベート以外で、その、お仕事として花を活けたのって、生まれて初めてで」
昨日、一晩、ずっと構想を考えていた。貴方のことを想いながらどんな花の姿をここに置こうかなって、絵に描いてたくさん考えてたんだ。メモを見たらきっと誰もが笑ってしまうくらいにたくさん描き込んで、夜明け頃、あぁ、どうしようって今日は一日忙しいのにと窓へ視線を向けた時、僕の育ててる百合が見えて、それで薔薇じゃなくて百合にしてみようって。
「その、お仕事、いただけてとても嬉しかったです。それが環さんの気遣いとかでも」
「気遣いとかじゃねぇよ」
「……ぇ?」
「言っただろ? 前に、お前の活けた花が好きだって」
―― でっかい百合の花がポーンポーンって剣山にぶっ刺されてて。
「……ぁ」
―― 褒めてるんだぜ?
「あ、ぁ、りがとう、ござ、ぃ、ます」
「あぁ、それと」
「はいっ」
なんだろう、花の姿がおかしかったかな。それとも百合は香りが強いから、顧客が相談にもやってくる部屋には不向きだったかなって。
「今、可愛い恋人の初仕事を邪魔しないようにって必死で襲うの我慢してるんだから、そういう可愛い、襲いたくなるような顔、するなよ」
「!」
「だから、その顔だっつうの」
そう言って、環さんが笑うものだから、僕はまた、多分、彼が食べたくなってくれるような真っ赤な顔になっていたかもしれない。とても、すごく、頬が熱くてたまらなかったから。
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