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赤色もいいかもしれない。
もう九月になるし、秋の感じで。ケイトウがいいかな。それともカルーナがいいかな。黄色にしたら、あ、でも二つを合わせてもいいかもしれない。そしたら花は――。
「雪隆」
朝食を終えて、環さんのところへ届ける花をどうしようかなって考えながら廊下を歩いていた時だった。
「は、はい」
今日は朝早くに出張で家を出るため、朝食を早くに済ませていた父が今から出発なんだろう、スーツ姿で僕を呼び止めた。
「ぁ……お父さん、この間は、色々騒がしくしてしまいました。ごめんなさい」
花のことにはとても厳しく、けれど普段は温和で、無口な人だ。母はよく話すし、社交的で、モデルだったこともあるのかとても活発な人。兄はどちらかといえば母に似ているのかもしれない。僕は……父に似た。
「いや、加奈子さんのこと詳しく話せずいた。敦之から、今後の上条家のことを相談されて、色々考えた結果なのだが、驚かせて申し訳ない」
「いえ……」
「それで、敦之の友人と親しいそうだな」
「……」
理解のある親だと思う。自分の息子が二人とも同性愛者だと知っても寛容で、世継ぎ問題を兄と共に考え、僕が負担を負うことのないようにとしてくれた。
「あの……」
「したいようにしなさい。私たちはそれを望んでいるし、喜ばしいことだと思っているよ。いつか、紹介してくれたらとても嬉しい」
「……」
「それじゃあ、私は行ってくる」
でも、あまりに寛容で……。
「……いってらっしゃい」
ずっと、僕はこの上条のためにこうしようって思っていた。それでいいって納得していた。花がとても好きだし、才のない僕でもこの家のためにできる数少ないことだったから。でも――。
「……」
急にそんな、したいように、なんて言われても。僕は。
「……これで、いい……かな」
今日の花はダリアにしたんだ。
「……こっち? かな」
けれど、一番のメインにしたい花色のダリアを置く場所がなかなか定まらなくて……どうしようかなって。
「やっぱりこっち?」
「へぇ、綺麗な花だな」
「! び、びっくりした。環さん。おかえりなさい」
「……ただいま」
今日は環さんがいなくて、受付の女性が、先生から仰せ使っておりますと、主人のいない部屋へと通されてしまった。
「すまなかった。花、綺麗だな、それ」
「あ、ダリアです」
「へぇ」
「でも、これでいいかわからなくて。気に入っていただけたならよかったです」
「……」
やっぱり右側に置いた方がバランス取れる、かな。改めて見つめて、置き場所を左から右へと変えた。
うん……多分、こっち、かな。
「さっきの」
「ぇ?」
「おかえり、ただいまって、言うの、いいな」
「……」
「花はそれで大丈夫なら、食事に行こう。腹ぺこだ。裁判所で飯食いそびれたんだ」
「あ」
僕も一緒でいいの、かな。
「何食いたい?」
「あ、いえ、環さんの食べたいもので。僕のことは気にせず。お腹が空いているなら、近くのレストランがいいと思います。確か……」
環さんが笑った。けれど、少し溜め息の混ざる笑顔。どうしたのだろう、疲れたのかな、空腹のせいもあるのかもしれない。それならやっぱり近くのレストランがいいと思う。そう言おうとと思った僕の頬を手の甲で撫でると、髪にキスをした。
「あ、あのっ」
「行こう。その近くのレストランがいい」
「は、はい」
外に出ると日差しこそ夏と同じ強さだけれど、もう九月だからか、ビルの隙間を通り抜けていく風はカラッと乾いていた。夏らしい湿気まじりの風じゃなく、爽やかで、少し落ち着いた空気が風になって走り回っている感じ。コスモスをたくさん揺らして踊らせるような風。
「今夜は予定が入ってるか?」
「僕、ですか? いえ……特には……」
「そうか。それなら、この後」
「あら、成田さん?」
レストランに入ろうとしたところだった。ガラス張りの路面に面した雰囲気のいいレストランで、サラダが充実していると女性人気も高いらしい。大都会、オフィスビルが立ち並ぶエリアに憩いの場と呼べそうなハーブガーデンがあって、中央にガラス張りで賑わっている様子のよく見えるレストランが建っている。
そのハーブガーデンの中を通っていたら、女性が声をかけてきた。
「お久しぶり。元気にしてました?」
「……あぁ」
とても綺麗な人だった。長い髪は緩やかなカーブを描き、大きなイヤリングがその髪が風に揺れる度にちらりと見えた。金色の大ぶりのイヤリング。でも派手に見えない、上質、という言葉がよく似合う女性。
元気にって言ってたから、その、以前にお付き合いしたことがある人とかなんだろう。
「申し訳ない。今からパートナーと食事なので失礼する」
「あ、あら、ごめんなさい」
以前にはよく見た光景。
「雪」
「は、はいっ」
「……ったく、なんでそんな離れたところに隠れてんだ」
「だ、だって」
「……俺の恋人はお前だろうが」
「っ」
以前にはよく見かけた。環さんに女性が声をかけて、社交的に環さんも女性に話しかけて、とても絵になる光景。それを見て、羨む気持ちさえ、ぎゅっと小さな箱の中に詰め込んでしまい続けてた。
「邪魔をするな、くらい言えよ」
「そ、そんなのできるわけないでしょう? だって」
明らかにあの女性は環さんに色っぽく微笑んではいたけれど。でも、向こうは知り合いで、色香を使うくらいには親しかったんだろうし。だから。
「決めた」
「え?」
「何、食いたい?」
「はい? あの、だから、ここのレストランに」
「そうじゃなくて、今、お前の食いたいものは?」
「え、あの」
「和食? イタリアン? 中華? タイ? インド? スペイン? フランス、」
「あ、あのっ」
矢継ぎ早にたくさん料理のことを言われて、慌てて、声をあげると、環さんがぴたりと止まった。
「…………和、和食」
「オーケー、和食な」
そして、それだけ言うと、今来た道を引き返し、路上に立ち、タクシーを止めた。
「雪! 行くぞ!」
「あ、あのっ」
「いい、和食レストランがある」
手招かれた僕の背中を押すように爽やかな秋混じりの風が彼へ向けて吹いていた。
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