24 ブレーキをかけないで

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 なんて人なのだろう。  連絡先の全消去をしてしまうなんて。  他の、友人以上の関係を望む女性とはもう会わないで、なんて、子どもの我儘みたいなことを言ったのに、笑って、本当に全ての連絡先を消してしまった。  普通は呆れるでしょう? 大人なのに、なんて我儘だと叱るでしょう?  それなのに僕の好きにしていいと、もっと自由にしていいと言った。  和食が食べたいと言ったら、とても美味しい小料理屋に連れて行ってくれた。  僕の好きなようにしろと言って。  貴方のことも僕の好きなように、だなんて。 「あ、あ、あ」  環さんの部屋に自分の甘えた声が響いた。いつも「手伝い」はホテルだったから戸惑ってしまう。タクシーを捕まえて、本当に自宅のあるマンションに辿り着いて、しどろもどろな僕に貴方が笑った。  もっと早く本当は連れ込みたかったけれど「手伝い」の時なら絶対に遠慮していただろう? って。  手伝いのボーダーラインの向こう側からは一歩も踏み出すことはしなかっただろうからって。「恋人」しか入れないプライベートエリアには決して足を踏み入れようとしない。それどころか、慌てて、もっと奥へ引っ込んでしまうかもしれないって。 「雪」  そのエリアに今僕が入り込んでる。  どうしよう。  貴方が寝起きしたベッドに今、僕がいて、貴方に抱かれてる。 「あ、あ、あ、待って、僕っ」 「あぁ」  音もなく揺れていた環さんのベッドのスプリングがぴたりと止まった。大きな、高級なベッドは激しくしても音ひとつなく、ただゆらりと揺れるだけ。  環さんがたまにプライベートで身につけている少しスパイシーな香水の香りが染み込んだ、この人の空間に僕の甘く甲高い声が響いてた。  意地悪な人だ。 「なんで……っ環、さんっ」 「? どうした? 雪」 「嘘、ぁ、だって」  ぴたりと動くのを止めてしまった彼の上で僕は戸惑ってしまう。そもそもこの格好は苦手なんだ。貴方の上に乗るなんて。それなのに、ぴたりと貴方が止まってしまうから。持て余してしまう。熱も、この人のことも。  こんな上等な男の人を僕が独り占めするなんて、持て余すでしょう?  だって、僕、男だもの。  男なのにかっこいいわけでもない。かといって可愛いわけでもない。愛でたくなるような可愛げなんてこれっぽっちもない。貧相な身体といつも無愛想な表情、人見知りで人付き合いがとても下手。そんな僕が貴方を独り占め? するの?  貴方に似合いの女性はたくさんいるって知っている。貴方の隣に並んだら僕よりもずっと見栄えのいい女性を知っている。モデル? 女優? 他にもとても綺麗な蝶々のような女性たちを。 「っ」  環さんが息を詰めた。  こめかみに汗が滲んでた。  すごく。 「あ、環、さん」  僕の中で硬くなって、ビクビクって……。 「っ」 「環さ……ん」  凛々しい口許から乱れた呼吸を溢して、いつもかっこよくセットされている髪を下ろして、僕を抱きながら、こんな顔をしてくれる。  この人を僕の好きにしていい、だなんて。 「こ、れも? 僕の」 「あぁ、もちろん」  ゾクゾクする。 「お前の好きにしていいんだ。」 「あ」  上体を起こして、角度が変わったことで僕が僕の中にある貴方を締め付ける。その感触にしかめっ面をしながらエサを欲しがる小鳥のように僕の唇を啄んだ。優しく、けれど、何かをせっつくようなその仕草に胸のところがギュッて苦しくて。 「ぁっ」  どうしようもなく彼が欲しくなる。  けれど上手に自分で、なんてできないんだ。 「何して欲しい?」 「あ、わかんな」 「わかるだろ?」 「あぁ」  僅かに環さんが身じろいだだけで、すごく感じてしまって。でも、どうしたらいいのかなんてわからないんだ。いつも自分の行動には慎重さを。ブレーキを。だから。 「わからな……上手に、言えな、い」  貴方を誘惑してきたとても美しい女性たちみたいになんてできない。 「そのまま、素直に言ってみろ」 「あっ」  とっても下手だよ?  上手になんて誘えないよ? 「いいから、どうして欲しい」 「あっ」 「お前の好きにしていい」  中がきゅぅんとした。上手に誘えない羞恥心に、欲しがりな気持ちが勝って、それで、小さく彼の耳元で、真っ赤になりながら背中を丸めてそっと囁いた。 「動い……て、欲しぃ……です」  言いながら僕も僅かに身じろぐと、環さんがまた息を詰めてくれる。すごく、なんだか。 「環さん……動いて、欲しぃ」  なんだかとても貴方のことを独り占めしたくてたまらなくなる。僕だけのって。 「ぁ……あっ……ぁっ」  僕の人。 「あ、環っさんっ……ぁ、あ、っ、あン」  僕だけの人。 「雪、可愛いな。自分から腰振って」 「あ、可愛くないっ知らないっ……ぁ、アッ、勝手にっ、あ、あ、激し、いっ」 「っ、雪」 「あぁぁっ、あ、環さんっ、環さんっ、僕の、身体、気持ちいい?」 「っ」 「僕っ」  貴方しか知らないからわからないんだ。 「僕は他の人、よりも、気持ちいい、ですか?」 「雪、あんまり」 「あっ……」  貴方としかしたことがないし、貴方しか好きになったことがないから、何もかも知らなくて、上手じゃないけれど。 「あんまり煽るなよ」 「……」  世界がひっくり返った。貴方が僕を抱えて、そのままぐるりと体勢を入れ替えて組み敷く。 「こっちはブレーキかけてんだ」 「あぁ……ン」  環さんが僕の中、もっと奥深くまで抉じ開けてくれる。こんな奥まで届いてる。ほら、ここ。 「奥、来て」 「っ、雪」 「ブレーキ、いらない、から」  ここ、今、僕がお腹をさすったところまで。 「僕のことを、好きにして」  貴方にだけ暴かれたんだ。  ねぇ、甘えてもいいんでしょう? だって、僕の好きに貴方をしていいのなら。 「僕」 「っ」 「好きな人にめちゃくちゃにされたい、です」  僕は貴方に、貴方の好きにされたい。
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