25 引き出しの一番奥に、置いてある

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 変なこと口走ってないかな。  僕、おかしなこと言わなかった?  途中、あんまりちゃんと考えられなくなってたくさん彼にしがみついてしまった。 「起きたか? 寝ぼすけ」  僕の好きにしていいなんて貴方がいうから、僕はつい、本当にして欲しいことをたくさん言ってしまったんだ。どれを、どんなことを言っても全て貴方が叶えてくれるから、どんどん曝け出してしまった。  本当の僕を。 「すみません。今、何時ですか?」 「んー? ……十時」 「えぇ? ちょ、あのっ」 「大丈夫だよ。敦之には連絡した。今日、あいつを空港まで送らないといけなかったんだろ? 笑ってたぞ。空港までくらい一人で行けるって」 「そ、そういう問題じゃっ、これは僕の仕事、っとわぁぁっ」  嫌われない?  呆れられない?  怒らせてしまわない?  本当の僕はすごく欲張りで、欲しがりだから。  欲しがりがすぎて、翌朝、こんなふうに足腰がガクガクでベッドから転げ落ちそうになるなんて、不格好すぎて。 「……おっと。無理だろ。昨日、あれだけふにゃふにゃだったんだから」 「っ」  ――一緒にお風呂入りたい。 「空港に送るのが終われば今日は終日オフなんだろ? しかも敦之がいうには連勤七日目なんだろ? ならもうオフだ」  ――環さん、髪、撫でてください。 「ゆっくりしておけよ。着替えは俺のしかないから、サイズ合わないけど。朝食はパンでいいか?」 「あ、あのっ、僕は朝食」 「ちゃんと食えよ。お前、俺に軽々抱っこされてただろ? 片手でいけそうだったぞ」  ――歩けない。環さん。 「あ、あの……」 「んー」 「呆れてない、ですか?」 「……」 「僕、たくさん我儘を言ったでしょう?」 「……」 「昨日は少し、その調子に乗ってしまって、だから」  好きにしていいとは言ったけれど、こんなに、だなんて思ってなかったとか……ない? 「俺は嬉しかったけど?」 「ほ、本当に?」 「あぁ」 「……」  反動っていうのが一番合っている。本当の僕はきっととても我儘で、我が強くて仕方がないんだ。それをたくさん隠して良い子でいようって思っていたから、だから、その隠してた引き出しを開けてしまうと、こんなにたくさん溜め込んでいた我儘が溢れてしまう。 「……あの」 「ん?」  環さんがベッドに腰を下ろして、僕の頬から顎を指の曲げたところで、そーっと撫でてくれた。硬い関節のところなのに、触れられると優しさが滲んでいてすごく心地良くて、自然と目を瞑りたくなる。 「言いたい、ことがあります」 「……あぁ」  たくさん我儘を胸の中の引き出しにしまっていたけれど、その引き出しの一番奥、最奥のところにある。もう潰れてしまいそうなくらいに奥にしまったのに、今でもずっと潰れずそこにいた。  貴方に告げたい気持ちを表した言葉。 「でも、その前に、一つだけ、僕がしないといけないことがあるんです」 「……」 「そ、それが終わったら、あの、僕、環さんにお話があるんです」 「……あぁ」 「待っていてくれますか?」 「もちろん」  それを告げるのはいつも憚られた。 「必ず言いますから」 「あぁ、わかった」  だって、才のない僕だから。 「待ってるよ。迎えに来てくれるのをのんびりといつまでも」 「本当に?」 「あぁ、王子様」 「……」 「じゃあ貴方がお姫様ですか? 似合わない、って、ここは雪がしかめっ面するところだけど?」 「し、しませんよっ」  きっと今、しかめっ面を僕がしたんだろう。貴方は笑って、そして、への字に曲がった僕の唇にとてもとても楽しそうに、起きてから数分遅れのモーニングキスを一つくれた。  優しくて甘い、朝の挨拶のキスだった。  ずっと思っていた。  才のない僕が才溢れる兄の一番欲しいものに手を伸ばすのは、いけないって。  才のない僕が上条家の花に貢献もできないくせに、幸せになるのはダメだって。 「綺麗な花だなぁ……」  今ならわかる。  彼は、違うかもしれない。  知っている? ねぇ、それ、僕の兄が活けた花なんだ。とても有名な華道家なんだよ? 美形だから、当主になったらテレビ出演とかも増えるかもしれない。雑誌とかは必ず写真付きだったりするんだ。知ってる人は知っている有名人。  きっと兄はそのくらい有名な華道家になるだろう。  とても美しく凛々しい花でしょう?  君の恋人の活けた花だよ。 「小野池拓馬さん」  彼は今までの人とは違うかもしれない。だって、ほら、あんなにうっとりと花を見つめてる。まるで、そこに愛しい人でもいるみたいに、その愛しい人が残した形を愛でている。だから、貴方なら花を活ける兄も含めて、丸ごと愛してあげるのかもしれない。 「ぁ…………貴方は」 「初めまして」  でも、そうじゃなくても、僕は決めたんだ。  兄の恋が実らないとしても、僕のこれはもう終いにしない。  花も上手に活けられないくせに、花を活けることを生業にしている家の人間のくせに、そう思われてもあの人に告げるんだ。 「わたくしは、上条敦之の秘書をしております」  どうか。僕よ。 「少し、お時間よろしいですか?」  上条家のために何もできないくせにと罵る僕を押しのけて、愛しい人を迎えにいく強さと我儘を手折ることなく貫けますように。
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