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外に出るとずっと炬燵で温まって、緩んでいた頬がキュッと引き締まった。
「はぁ……」
吐く息が真っ白で数回大きく深呼吸しては目の前でほわりと広がる白を眺めていた。
「楽しかったな」
今、兄と拓馬さんの新居からの帰り道の途中、黒色のコートに身を包んだ環さんがコツンコツンって、革靴の小気味良い音をさせながら、ぽつりと呟いた。
「えぇ、楽しかったです」
僕の足音はどこかふらついている。少し、酔っ払っているから。そう自覚できる程度にはまだ大丈夫だけれど、楽しくて、つい飲みすぎてしまったんだ。
「何か、拓馬と楽しそうに話してたな」
「あ、呼び捨て」
「ヤキモチ?」
ちょっとだけ飲み過ぎちゃったから。
「そうですよー。悪いですかっ」
「いーや、全然」
ぷくぅと頬を膨らませて怒った顔をして見せた。環さんが拓馬さんのことを拓馬さんと呼ぶのも、拓馬くんと呼ぶのも、ちっともしっくり来ないけれど、まるでとっても親しいように呼び捨てにしていたらヤキモチ、百個くらいは焼くでしょう?
兄に言いつけてしまおう。
そしたら、ちょっと兄が環さんを牽制するかもしれない。なんて、ことを内心思うくらいには酔っ払っている。
「で? 何話してたんだ?」
「気になります?」
「あぁ、あんなに楽しそうに話す雪は見たことがない」
「気になりますか?」
「あぁ」
なんだか気にしてもらえることがとても嬉しくて、何度もそう質問してみたくなる。けれど、きっとこの人は何度そう質問しても、同じように「あぁ気になる」と微笑んでくれる気がした。
「兄さんが拓馬さんと出会ってからの様子を話してたんです」
そう呟いた時、とても冷たい風がスーッと走ってきて、それが今の僕には心地良く感じられて、自然と目を細めていた。眩しいのもあったのかもしれない。ちょうど今通り過ぎた誰かさんのおうちのイルミネーションがとても煌びやかだったから。
「すごくすごく楽しそうで、目に映るもの全てが綺麗に見えているみたいに」
いつも兄は眩しそうに目を細めて微笑んでいた。移動中、車の窓から見える景色に、ただの青空に、星のほとんど見えない夜空に。
「それにずっと拓馬さんのことを考えていて、その拓馬さんのことを考えている時はもう本当、驚いてしまうくらいに目を輝かせるんです」
このお菓子は好きそうだな。
このホテルの料理は好きそうだ。
あのネクタイ似合うだろうな。
この花は拓馬の好みに合うかな。
「ずっとずっとそうやって、まるで片想いの少女みたいに」
あんなに誰からも好かれて、誰からも憧れられている人が、たった一人に夢中だった。どんな人なんだろうって思うほど。だって、そうでしょう? 途中、怖気付いて逃げられてしまうとしても、最初は皆、兄に夢中になる。こんな人を手に入れられたとはしゃぐのに。彼に関しては、はしゃいでいたのは兄だった。
拓馬さんと出会えたことに大はしゃぎだった。
「と、思えば、急に寂しげになってみたり」
テンションがわかりやすいほど下がっている時があって驚いたっけ。昨日まではあんなに楽しそうにしていたのにって。
「そのまま別れてしまうのだろうかって思ったけれど、そこからまた何でもかんでも楽しそうになるんです。笑ってしまうくらいに」
「……」
「今までの方々とは違ってた」
「……」
だから、どれだけの人なんだろうって調べたりもして。
けれど、調べたところで何の変哲もない普通のサラリーマンだった。
もちろん「どうして?」って疑問に思ってしまう。だってどこにも兄を魅了できるような要素はなかったから。容姿が特別優れているようには写真からは伺えなかった。経歴が兄に見合っているとも思えなかった。生活のレベルに関しては雲泥の差があるように感じられた。
それが変わったのは彼と話をした時だった。
「今日は久しぶりに拓馬さんにお会いしたんです」
「……」
「すごく愛らしい方になってましたね。楽しそうに、笑うとほっぺたが赤くなって」
またそれを愛でる兄のデレデレ具合が面白かった。
「恋ってすごいですね」
「……」
「あんなに」
あんなに人を生き生きとさせるんだって。
「今、お前もしてるだろ」
環さんがコートのポケットにしまっていた手を出して、僕の手を掴んだ。ふらりふらりと歩く僕を捕まえて、キュッと手をしっかり握ってくれる。
「俺としてる」
低く、凛と、冬の冷たい空気の中でも凛々しく響く環さんの声がそう告げて。
「俺としてるだろ?」
その表情の真っ直ぐさに、心臓の鼓動が飛び跳ねる。
たくさん飲み過ぎたから、だろうか。
「えぇ……そうです」
すごくすごく冷え込むと、今朝見たニュースでは言っていたはずなのに、さっき僕のそばを走っていった夜風は確かに冷たくて、頬がキュッと引き締まったと思ったのに。
「貴方と……してます」
「……」
「恋、を」
貴方が手を握ってくれて、貴方の懐に抱き締められて、額に口付けられたら、冬の夜の冷たさに引き締まった頬がほろほろと緩んで、指先がじんわり熱を滲ませたのを感じた。
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