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  強い硫黄の香りがぷんと鼻をついた。小ぢんまりした日本庭園風の中庭を抜けた先は、大浴場だ。   のれんは足元でくしゃくしゃになっていたが、恐らくこの先は男湯になっている。あまりにも湿度が高いためか、この場所の木枠の朽ちは他よりも進んでいるようだった。建て付けの悪い引き戸を開けると、むわっと熱気が漂い匂いも強くなる。脱衣所を抜けて、扉すら失われた浴場に足を踏み入れた。     ……。排水溝にゴミが詰まって床一面にお湯が張っていた。僕はぬるい湯に足首まで浸しながら、ゆっくりと奥を目指す。     ……。僕の体はずぶずぶと沈んでいき、ついには腰まで沈んだ。湯気も相まって熱いはずなのに、僕は汗一つかかなかった。     ……。僕の視線の先、柱の陰になったところ。どこよりも暗く、陰鬱な場所。それはただ、ゆらゆらと水面を漂っていた。僕は吸い寄せられるように近づき、じっとそれを見下ろした。     ……。黒い髪が濡れ、ゆらゆらと水面を漂う。鼻をかすめた匂いが硫黄なのか、黴なのか、深緑なのか。そんなものは、もうどうでもよくなっていた。     僕はただ、初めて見る自分の後頭部をじっと見下ろしているのだった。
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