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ハルミは手始めにスイを風呂に入れた。温くなるよう調整されたお湯につけられ、もこもこでいい匂いのする泡で全身を洗われる。ここのところシャワーすら浴びれていなかったスイは大喜びでしっぽを振りたいのを我慢して、ぎゅっと縮こまった。
案の定お湯にビビっていると勘違いしてくれたハルミは何度も「大丈夫だ」と声をかけ、それはそれは丁寧に泡まみれにした。
「流すからな」
みみの中に入ってしまわないよう、尾からゆっくりとお湯をかけてくれる。
全身をサッパリさせるとふわっふわのタオルで拭いてもらい、水分を含んで重たくなったそれを放置して温風にさらされる。
動き出したくなるのを我慢して、ハルミの長い指が乾かしついでに撫でてくるのを享受した。
(みみのつけ根も……あ、この人うまい……!)
いい感じのところで手にからだを擦りつけると、こちらの意を汲み取ったかのように重点的に撫でてくれた。
「よし、もう終わりだ。好きにしていいぞ」
彼の指先から飛び出てくる魔法によってもふもふ猫ちゃんに戻り、スイもハルミもご機嫌である。
膝の上から軽いジャンプで抜け出して、木目をタップするように床へ着地する。彼も確認したであろう薄桃色の肉球がぷにゅっとつぶれた。
家の中を隅から隅まで確認したくなるのを堪らえて、初めて入る家に怯えている体を装う。すんすんとあちこちを嗅ぎながら、一歩ずつ移動した。
外観に裏切らず、中も温かみがある。
物は少ないが、ひとつひとつの家具が大きめで拘りが感じられるからだろう。座面がふかふかなソファーベッド。脚の長いテーブルと、それに合わせたチェア。飾り棚の上には大きな青色の石や卒業証書らしきものが置かれ、草花があしらわれた橙色のカーテンが風によってふくらんでいる。
大きな出窓が庭に面した壁にあって、ノンドレープの亜麻越しに太陽光が降り注いでいた。部屋が明るい理由はこれに違いない。
採光も風通しもよく、程よい広さの家だ。いまにも焼菓子がオーブンから出てきそうだが、ハルミの長く無骨な指は杖を持つべきであって、ミトンはお呼びでない。
薬草と花の独特な匂いが入り混じった部屋の空気に、勝手にはなが動く。
「どうだ?」
「……」
「これからここに住むんだ」
「……にゃ」
部屋の扉は2つ。ひとつは先程使用した浴室で、もうひとつは書斎か何かだろう。今回は情報を抜きにきたわけではないので、部屋を漁るのはよしておく。けれど緊急時の退避経路確保のために後々見せてもらいたい。
太くも細くもないしっぽを左右にふりながら、部屋の中央付近に置かれたカウチの上に飛びのった。なかなか辺りが見渡せて、居心地も悪くない。家に慣れてきたらここにどっかり居座ろうと考えつつ飛び降りた。流れるような動きでカウチの下の隙間に潜り込むと、「見えない……」ハルミはご不満のようだったが、距離はジリジリ詰めるものだ。猫なら尚更。
スイが隠れてしまったからか、ハルミは部屋内を移動した。いまは夕暮れ、おそらく夕食の支度に取り掛かるのだろう。キッチンの方向から音がするので、
――ガタッ
――ガシャン!
音がするので、うん、きっと料理だ。
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