藤の花の咲く頃に

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「──珍しいですね」  ふいに頭上から柔らかい男の声が聞こえた。驚いて顔を上げると、見慣れた端正な顔立ちの男と目が合った。 「か、花音さんっ」  咲はパチクリと目を見開いた。 「こんにちは。咲ちゃん、悠太くん」  花音はニコリと微笑んで挨拶をする。 「どうしてここに?」  困惑して尋ねる咲に、「あそこで仕事だったの」と花音は遠くのほうに見える建物を指差した。  この辺りではわりと有名な老舗ホテル『グランドパーク中山』だ。 「ちょっと、ウェディングの打ち合わせで」と花音は付け加えた。 「それで、確か咲ちゃんたちがなかやまランドに行くって言ってたのを思い出して、近くだから来てみたの」  迷惑だった? と花音は悪戯っぽく笑った。 「いいえ、とんでもない」  咲は慌てて手を振り、否定する。 「それならよかった」と花音はうなずいた。  それから、ベンチの背もたれに寄りかかり、悠太のランチボックスへと手を伸ばす。そこから唐揚げを一つ摘み上げると、そのまま口の中に放り込んだ。 「うん、美味いっ」と口をむぐつかせる。  なんだか、小動物みたいで可愛らしい。 「……そういえば珍しいって、なんのことですか?」  思わず見惚れてしまう自分に気づき、咲は先ほどの花音の言葉に話を戻した。  ああ、と花音は唐揚げを飲み込んでから口を開いた。 「藤の花の贈り物だよ」 「藤の花の贈り物?」  咲と悠太は花音の言葉を復唱し、顔を見合わせた。 「そう。藤の花は、水揚げが悪いし、すぐ萎れてしまうから、あまり切り花として使われることはないんだ。──お花屋さんでも見かけることはないでしょ?」  花音の問いに、そういえばそうですね、と咲はうなずいた。
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