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「ちなみに、贈られてきたものは、藤の花だけだったの?」
「あ、メッセージカードも添えられていました」
たしかですね、と悠太は思い出すように視線を宙に向けた。
「『恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり』っていう短歌が書かれていました」
なるほど、と花音がうなずく。
「あと、贈り主は松さんという方になっていましたね。……会ったことはありませんけど」
悠太は遠慮がちに告げる。
「松……」とつぶやき、花音は何事かを考え込むように顎に手を当てた。
「心当たりでも?」と悠太が尋ねる。
「心当たりというか……」
曖昧な笑みを浮かべ、花音は頭を掻いた。それから、「──古来から日本では、藤と松の組み合わせは、とても縁起の良いものとされていたんだ」と続けた。
「藤も松も寿命の長い木だからね。──悠太くんは、清少納言の枕草子って知ってる?」
「えーと、たしか、平安時代に書かれたエッセイですよね」
「うん、そうだね。で、その中に『めでたきもの』という段があるんだけど。そこで、藤と松の関係性に触れているの。……あ、『めでたきもの』っていうのは、素晴らしいものっていう意味ね」
だんだんと顔を曇らせる悠太に、花音はすかさず説明を付け加えた。
そうなんですね、と悠太がうなずく。
「清少納言は『色あひふかく、花房ながく咲きたる藤の花、松にかかりたる』って書いてるの。つまり、『色合いが深くて花房の長い藤の花が松にかかる姿が素晴らしい』ってね。清少納言のほかにも、藤と松の組み合わせを描いた歌や絵は、昔から数多く残されている」
へぇ、と咲と悠太は感心して声を上げる。
「でもね、藤っていうのは蔓性の植物だから、松に限らず何かしらに絡みついて生長していくものなんだ。近くに杉があったら杉に、桧があったら桧に。──だけど、平安の昔から残されている文献では、『藤が絡みくのは松』と相場が決まってる」と花音は戯けたように肩をすくめた。
「それじゃあ、贈り主は縁起が良いから、名前を『松』にしたんでしょうか? でも、命日に縁起が良いものっていうのも、なんだか可笑しな話ですよね?」
悠太は首を傾げた。たしかに、と咲も賛同する。
「それに関しては、藤と松のもう一つの関係性からきているんだと思う」と花音は深刻そうな表情を浮かべた。
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