20人が本棚に入れています
本棚に追加
「え? 花音さん?」
戸惑う咲の背中に、花音はもう一方の腕を回し、ギュッと力を込める。すっかり抱きすくめられ、咲は大人しく花音の胸に顔を埋めた。
──花音さんに触れられるのは、全然嫌ではない。
むしろ、ジンワリと伝わってくる体温に、萎縮した咲の心は解きほぐされていく。
「どう? 少しは落ち着いた?」
花音が尋ね、咲はコクリとうなずいた。
花音さんが傍にいてくれるだけで、とても心強く感じる。
同時に、それだけ花音に頼りきっている自分に気づいて、咲は少し怖くなった。
いずれ華村ビルを去るときが来て、彼との繋がりを失うことが……。
ふいに花音がフフッと笑った。
なんですか、と咲は花音を見上げた。
「……最初から、隣に座っておけばよかったね」
背中を優しく撫でながら、花音がポツリとつぶやいた。
太陽の光を反射して笑う花音は、茶褐色の瞳も明るく、長く黒い髪も日に透け、眩く感じた。
「……綺麗」
思わず見惚れて、心の声が口からこぼれてしまう。
「え?」
花音が驚いたように咲の瞳を覗き込んだ。
「あ、いえ、……いつも思っていたんですけど。花音さんの髪、とっても綺麗だなって。……触ってもいいですか?」
誤魔化しついでに、ちょっと踏み込んだお願いをしてみる。
花音は呆気に取られたまま、いいよ、とうなずいた。
ありがとうございます、と恐る恐る花音の髪に触れる。
黒々としたその長い髪は、適度にハリがあり、絹のように滑らかな肌触りだった。
それに、とてもいい香りがする。
どうやら、いつも花音さんから薫ってるフローラル系の香りは、シャンプーの匂いだったらしい。
咲はフフッと小さく笑った。
「なに?」と花音が不思議そうに咲を見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!