忘れるが語る

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「なんなんだ……」  お願いというのは、近くのホテルにしばらく泊まってくれということであった。  受け止めきれないが、悪い夢ではなく本当に部屋が殺人現場となってしまった。 「しばらくって……、戻れるようになってもなぁ」  殺人現場となった場所に住めるかというと、誰しも抵抗はあるだろう。  証拠が出てこなかったとはいえ、まだまだ疑われるだろう。警官がわざわざホテルを指定してきたのもだ。 「はぁ……」  今日の仕事は休み。  流石にこんなことになっては休なとは言われない。  帰ってから寝ることができずにお昼過ぎ――。  目を瞑ることが怖くて寝れずに夕方――。  時は止まらずに進み続ける。  とりあえず夕食を食べてお腹を膨らせて、眠くなるのを待つ作戦とした。  8時――。  まだ寝れない。  9時――。  瞼を閉じようとするが、の映像と声が脳内で再生されて閉じていられない。  10時――。  流石に瞼をが重い、何も考えずにいても夢の世界に行けるような感じがする。  11時――。  もう体が勝手に寝ようとしている。  これで寝れる。寝れた。とりあえず寝てさえしまえば、時間さえ経てばあの記憶も薄れるだろう。  そして意識が消えてゆく。  ガチャッ、という音がする……。  11時半――。  いきなり目が覚めた。  冬かと思うくらいに、部屋の中は冷たい空気に包まれている。そして異常なほど全身に寒気が走る。  部屋の中は真っ暗だ。すべては眠るために真っ暗にしていた。 「ぐっ……!?」    それは1秒ほどであった。電気のスイッチは切れているはずなのに、電気が付いて消える。  その眩しさに目が痛い。 「ん……?」  気のせいなのか、いや確実に光った。  そんなことを思っていると、2が襲いかかる。  また、部屋全体が1秒ほど光に包まれて暗闇へと戻っていく。    イ――ナ――ロ―――ス。    聞こえたのは玄関から。  何が起こっているのか、なぜ体がこんなにも危険信号を出しているのか、はっきりとではないが聞こえた声によってすべて理解した。  「…………」  死の宣告。  遺体を見てしまったときに、背後から告げられたその言葉はまだ耳から離れていない。  殺しに来た。  殺される。    どうする。どうするどうするどうするどうする。  また一瞬光が世界を包む。  その瞬間に布団から出て玄関の方を見る。  血が滲んだ白く長い服、長い黒髪。  その手に銀色に光り輝くものがあることも見えた。  今なら1秒が10秒に感じるほど身体は危険を告げている。  逃げたい逃げたい逃げたい逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。  呼吸が乱れる。    足を一本だけ後ろへ下げると、また光が訪れる。  「あ゛…………」  声にならない声が出てしまう。  女は近づいて来ていた。  ゆっくりと、ゆっくりと。  右手に光るものを握りながら。  ユル……サナイ。  イ……オナ――――ス。  「イオナ?」  女は言った。  と。  なんのことだか……わからない。  イオナ?誰のことだ?  俺じゃない。  女は歩みを止めない。  近づいてきている。  逃げたいが、思うように身体が動かない。  コロス……。  そして、距離は1メートルもなくなった。  女は銀色のを振り上げる。  終わった。  と思われた。  「…………」  が、女は銀色のものを振り下ろさずに固まった……。 「なん……だ?」  表情はみえなかった。  そして何故か部屋の電気が灯る。  今度は消えることなく――。  目の前には女の姿はなかった。  あるのは……、 「ん?」  足元にあの部屋の鍵が転がっていた。    悪い夢なのか、それとも、 「これ……か?」  キーホルダーについている勾玉があった。  もしかしたらこれが守ってくれたなんて。 「まさかな。悪い夢だろ」
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