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死への逃亡
「だ…誰ですかあなたは!」
時は深夜0時。
今夜は月が薄らと赤く、部屋にはカーテンから漏れた月明かりと凍るように冷たい空気が漂っていた。
足音さえもがうるさいと思えるほど静かな空間でソレは起こっていた。
「っ!」
考えるよりも先に女は玄関を飛び出す。
何かに怯えるように――。
何かから逃げるように――。
何かに……執着するように――。
ここは住宅街に存在するアパート。
外は薄紅色の光で包まれている。
……。
女は開けっ放しになった部屋の扉に迫るモノを睨む。
叫ぶことはない。ただただ逃げる――。
「どこか……」
求める。
身を守れるところを。
助かる場所を。
誰も助けは来ない。
人気はない。
あるのは人影ひとつ。
「誰かっ!!」
女はようやく言葉を思い出した。
人影の持つそのヒカルモノに怯え、
迷いのない眼光に呼吸を忘れ、
脚を動かすことに精一杯で言葉すらも忘れていた。
大きな音を立てて扉を叩き、
暴れるようにドアノブを揺らす。
しかし、扉は開かない。
次――――。
これも堅く閉ざされた扉であった。
次――――。
「たすけ……」
女は突破口を見つける。
今まで固く閉ざされていた鉄の扉だが、
空いていたのだ。
中に入る。
人が生活しているような痕跡はある。
が、冷たい空気に包まれている。
「来ないで!!」
女は考えるよりも先に扉を閉めて中から鍵をかけた。
「はぁ…はぁ…」
心臓の鼓動が身体を揺らす。
呼吸は荒いまま、額からは汗が止まることを知らない。
だがこれで助かる――。
怪物に――――――されないで済む。
女はそう思った。
だが、
――ロス。――ミユル――イ。
背後から聞こえた。
聞こえてしまった。
振り返ることはできない。
したくはない。
「な……んで……」
間違いだ。できないではない。させてもらえなかったと。
女は下を向いた。
暗がりの中、見てしまう。自分の胸元から見たことのない鋭いソレが突き出ていることを。
首元を滴る汗はやがて真紅に染まり、意識は闇に飲まれていく。
なんで。なんでなんでどうして。
私なの?私は何もしていない――。
何も何も何も何も何も――。
誰誰誰誰誰――。
なんで……。
どう……て……。
女は強く思う。
部屋には声は響かなかった。
響くのはナニカがナニカを切り裂く音だけ。
ひたすらに……ひたすらに……。
イナ――コロ――。
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