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「それ、かわいいね。」
私の後ろから私の手元を覗き込む私の自慢の彼氏。
でも、どうしてもシュミを理解できない。
「…これが?」
私が持っていたのはブサイクだと最近流行りのキャラクターが描かれたハンカチ。友達にプレゼントとしてもらって以降、使わせて貰っている。
彼からのプレゼントは神棚に飾るか、額縁に入れて保管してある。そんな私にはこのどうでもいいキャラクターのハンカチは躊躇なく使える唯一の貰い物だったりする。
「うん。最近よく見るよね。アヤも好きだったの?」
私の腰に手を回しながら聞いてくる。
「いや別に…友達がくれただけだよ。」
「そうなんだ。」
彼が私の頭を優しく撫でて、キッチンへ向かう。
カチャカチャと、調理器具がなる。何か作るつもりなのだろうか…?できればやめて欲しいんだが…。
「…なにしてるの?」
壁からキッチンに頭を出して聞いてみる。
「ん?おたま探してる。」
「……本当になにしてるの?」
なぜ彼はおたまを探しているのだろうか…。理由が…分からない……。
私が悩んでる間もおたまを探す背中が見える。
「あ、や…ごめん。なんでおたま探してるの?何か作るの?」
恐る恐る聞いてみる。そんなに熱心に探していると、理由が気になってしまう。
「いや、なにも作らないよ。僕料理下手だし。」
…よ、よかった。あなたが作る料理は下手どころじゃないから、せっかく作って貰っても食べられないことが多かった。
「じゃあなにを?」
「おたまを見たくなってさ。」
「………え?」
『おたまを見たくなった。』…?何かの病気……?
「そのキャラ。」
そう言って私の手元を指差す。
私の手にはさっきまで会話の中心にいた彼の好きだというキャラが描かれているがあるハンカチがあった。
私は数秒の間ハンカチを見つめて顔を上げた。
「こいつがどうかしたの?」
再びおたまを探しながら口を開く。
「そのキャラ、おたま好きだったな〜と思って。」
「え」
…このキャラの変なシュミを知ってしまった。おたまのどこがいいのだろうか。そして私の彼氏はなぜこのキャラの変なシュミを知っているのだろうか。
「…それほんと?」
「ほんとだよ。…あ。あった。」
彼が取り出したおたまは彼のすぐ頭上にあった。なぜ気づかなかったのだろうか。
「おたまっていいよねぇ…」
「…そうなの?」
やはり彼のシュミはわからない。
あれだけ探されたおたまの出番は5秒ほどだった。彼はおたまへの興味がなくなったらしい。
「ていうか」
次は何の話?
この人は会話のネタをすぐ変える。だから飽きないけど、ときどき置いていかれる。
「そのキャラ、アヤに似てる。」
…あまり嬉しくないことを言われたような気がするのだが。
「そうなんだ。」
私自身このキャラをあまり可愛いと思えないので、その言葉はあまり嬉しくなかった。
「ねぇ、こっち来て?」
ソファに座った彼が甘えたそうに手を広げて私を呼ぶ。
「なに?」
私も彼に吸い込まれるようにソファに座る。
「テレビ見て。」
電源が切れて黒い画面のままのテレビ。
鏡みたいになっていて、私と彼が映る。
「どうしたの?」
「見て。」
私たち以外何も見えないので、彼の顔を覗き込むと怒られた。
急に精神年齢が下がる。こういう時の彼は甘えたい時の彼だ。
「かわいい。」
唐突な褒めに動揺して動悸が早くなる。
いや待て。まだ私に向けられたものかどうかわからないのだ。浮かれるには早い。
「何が?」
「アヤが。」
私は私のことをかわいいと思ったことがない。
これでも彼はかわいいと言う。
「本気で言ってる?」
「うん。かわいい。」
やっぱりだ。やっぱり。
「ショウのシュミ、理解できない。」
私は顔が真っ赤になっていた、と思う。
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