1 泣き笑い

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 空から落下する夢を見た。  ひどい寒気がして目が覚める。  今日は随分と空が高い。 (——なぜ空が見えるのか)  答えは簡単。自分自身が青空の下で寝転んでいるからである。  では、なぜ外で寝転んでいるのか。これがわからない。不思議なことにちっとも思い出せない。それだけでなく、自分が此処にたどり着くまでの記憶も定かでなかった。  空は淀みない青だというのに僕の上にはシトシトと雨が降っている。すがすがしいほどのお天気雨だ。  ずっと空を眺めていると目に雨が入り、たちまち視界がぼやけて沁みる。  目から零れ落ちてゆくのは涙か雨か。  目を擦りながら、ゆっくりと上体を起きあげる。雨に打たれたシャツはぐっしょりと濡れ、体に張り付いていた。寒気の原因はこれかと納得する。  ここはどこだろう?   近くの水たまりに自分の顔を映して、映った顔を触ってみたりする。  見紛うことなく、慣れ親しんだ僕の顔である。擦った目は赤く充血している。  名前はソラ。間違いない。  辺りを見回せば、道路も等しく水が張っていた。まるで街全体が大きな水たまりのよう。水面に映った街並みは緑豊かで、カラフルな木組みの家が並ぶ。小さい頃に読み聞かせてもらったおとぎ話の国にそっくりだった。  視界の端、僕の隣で同じように洋服を濡らした女の子がこちらを見ていた。  水たまり越しに目が合う。  水に映った彼女は幼いけれど、どこか大人びていて美しい。しかしその顔には憂いが色濃く浮かんでいた。彼女の世を儚んだような黒い瞳は長いこと見ていたら吸い込まれてしまいそうだった。  普段なら見知らぬ人に話しかけたりしない。でも今日はこの町の不思議な空気のせいか躊躇いなく話しかけようと思えた。  それに誰かと話すことで一刻も早くこのフワフワとした記憶をハッキリさせたかった。 「ああ。沁みる。雨が心に沁みるわ」  彼女は突然そう言って、お天気雨混じりの涙を流した。その彼女のはらはらと泣く様があまりにも美しく、今まさに話しかけようとしていた僕は不覚にもドギマギしてしまう。  喉元まで出かかった言葉は引っ込んでしまい、代わりに出てきたのはなんてことはない、「いい天気ですね」であった。  自分でも訳のわからないことを言ってしまった。  はたしてお天気雨の降る、いまの状況は「いい天気」なのか、それとも「悪い天気」に分類されるべきものなのか。ただ、僕自身としてはお天気雨における雨とはおまけのようなもので、あくまで晴れた空を楽しむものと定めたい。  そんなことを勢いに任せて話すと、彼女はくすりと笑う。 「変なの。いきなり話しかけてきてそんなことを言うなんて。それに、こんなに雨に濡れているというのにどうして雨がおまけだなんて言えるのかしら。雨はいつでも全てを台無しにしてしまうのよ」  儚げに濡れた髪に触れながら彼女は憂いたっぷりにそう言った。見た目は6歳くらいの幼気な少女であるのに、その物言いはとても大人びている。 「そんなものでしょうか。ところで、どうしてあなたは傘もささずにこんなところにいるんですか?」 「そう言うあなただって雨に濡れているじゃない」  それはそうなのであるけど、僕は自分がどうして此処にいるのかすらわからないわけで……。  彼女は自らをユキと名乗った。 「どうせ、ソラくんも落っこちてきたのでしょう? そして、自分がどうしてこの街にいるのかも思い出せない」  彼女が投げやりに言う「どうせ」がどのような意味かはわからないけれど、確かに言われてみると僕はどこかから落ちてきたような気がする。未だにふわふわとするのは浮遊感の名残りだろうか。あれは僕の見た夢ではなかったか。  自分の記憶の一部を思い出せないのは全くもってその通りである。 「あの、僕はこれからどうすればいいのでしょう?」 「まずはサユリさんのところに行くといいわ。サユリさんはこの街を取り仕切っているから、色々と教えてくれると思うわ」  サユリさんという方の家の場所を僕に伝えると、ユキさんは鞄から取り出した折り畳み傘をさして何処かへ歩いて行ってしまった。
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