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「では行ってきます」
「行ってらっしゃい」
子供達を送り出した後、少し遅れて私は家を出る
妻は洗い物をしていても私が出る時はきちんと玄関まで送り出してくれる
まったくもって良き妻だ
私はというと、今日もいつものように自分の職場へと向かう
しがない小さな街の不動産屋を営む私は、都心を少し外れた場所にその店を構えている
【天羽不動産】
その看板が掛かった店舗は築二十年を超えた古めかしい建物だ
店に入ると、昨日そのままで放っておいた書類達を片して私はデスクに座る
そして煙草に火をつけて一服しながら新聞を読む
それが毎日の楽しみだった。
うちが禁煙じゃなければ、家でゆっくりしたいものだが…仕方ない
ーーーさて今日も一日張り切ってお客様を待つとしよう
そんな気合いに迎合するかの如く、目の前の電話が鳴り響く
「はい、天羽不動産です」
この時間帯はいつもの口うるさい常連だろう。どうせまたワケアリの家でも紹介してくるに違いない
「もしもし…相談なのですが、よろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
どうやらいつもの常連では無かったようだ
明らかに声色が違っていた
初老を感じさせる男性の声ーー鈍く、暗く、重く響く声だった
「売却物件を見ていただきたいのですが」
「はい。ではお話を伺いたいので、一度こちらにお越しいただくことは可能でしょうか?」
私の発言に暫し押し黙った後
「申し訳ないのですが私は今身体が不自由でして、そちらへは出向けないのです。他に頼る身寄りも無いので…」
「それでは私の方からお宅へお邪魔することは可能でしょうか?」
「訳あってそれも難しいのです」
どういうことだ?
そんな事があるか?
…悪戯か?
訝しく感じ、少し真剣味を失った私は先程よりも軽薄な口調で返す
「それだとお売りいただくのが難しくなるのですが…」
「実は売却したいのではありません。処分してほしいのです」
「処分?」
何を言ってるんだこの男は
「ええ。こちらにも色々事情がありまして、売却出来るような家ではないのです」
どんな事情だ…
「あのねえ…簡単に処分すると言っても、模型の玩具じゃないんだから…色々手続きが必要になるんですよ。それこそ売れないなら更地にするなり国に寄付するなりすればいいんですよ。勿論手続きはこちらでしますよ」
私は男性に呆れ声で捲し立てる
「それが出来ない理由があるのでこちらに電話したのです」
この手の話は大抵こちらに碌なことが起きないのが目に見えている
「…埒があきませんね。申し訳ないですがこちらでは引き受けかねます。もし寄付するお気持ちになりましたら再度ご連絡下さい。」
私は相手の返事も待たずに電話を切ろうとした
ーーその時、間髪入れずに男が告げた
「ですが、必要なものは全てそちらへ送ってあります」
「…はあ??」
「そちらのお店の前に青いペールがあるでしょう?その中に入れときましたのでご確認下さい」
なっ…!?
「あんたねえ、そんなの通用するわけが無いでしょう!?」
なんて巫山戯た奴だ。呆れてものも言えない
「ええ。ですからその中身を見てからもう一度決めてください。もし気に入らなければ袋の中身は捨てていただいて結構ですので」
「…じゃあ先にお断りしておきます。さっさと来て持って帰れ!」
私が声を荒げると同時に、男は電話を切った
一方的過ぎるにも程がある
ったく…
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