アシッド・レイン

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 雨の日が続く、うっとうしい季節に入った、ある昼下がり。一人の20代半ばの女性が東京都心の繁華街を歩いていた。  若い男たちだけでなく、すれ違う若い女の子たちも彼女に目を留め笑みを浮かべた。 「ヒュー! セクシーじゃん」 「ね、あれって夏野原エリカのコスプレ?」 「うん、同じ服だよね、あれ」  ポツポツと雨粒が落ちて来てアスファルトの表面に陰った点が出来始めた。その女性は手に持った折り畳み傘を広げ始めた。 「うわあ、やっぱ振って来た。傘持って来て正解だったな」  その女性の周りでも次々と色とりどりの傘が、花が一斉に開くように広がった。  女性の頭上でジュッという音がした。女性が不審に思って視線を上に向けると、傘の一部に穴が開いている。そしてひとつ、またひとつと穴が増えていく。  穴から垂れて来た液体が女性の腕に落ちる。ピリッとした刺激の後に、その部分がみるみる赤く変色し、鋭い痛みが女性を絶叫させた。  傘の布地はどんどん溶けていき、金属の骨組みだけになった。遮る物がなくなった女性の体に、雨粒であるはずの液体が降り注ぎ、女性の体中から肉が焼けた時のような異臭が漂う。 「ギャー! 痛い! 助けて!」  女性は両手で頭を覆い、小走りにその場所から離れようとした。だが10メートル、20メートルと女性がよろけながら移動しても、その肉を焼く液体は彼女の頭上から降り注ぎ続ける。  その異様な液体が降っているのは、女性の頭上からだけ、だった。女性の異変に気付いて見守っている人たちの傘には何も起きておらず、一人の男性が手を伸ばして雨の粒を掌に受け止めても、何も変わった事は起きない。  女性が痛みに耐えかねて地面に座り込むと、その液体はさらに集中的にその体の上に降り注いだ。  紙がジュッ、ジュッと音を立てて焼け焦げ、来ている服も穴が開き、溶け崩れ、その間からのぞいている肌も火傷をしたようにただれ、血がにじみ出ていた。  濡れた歩道のアスファルトの上に女性が倒れこみ、のたうち回っているのを、周りの人々は恐怖に凍り付いた顔で見つめた。  数人の男性が女性の周りにしゃがみ込んで声をかけた。 「おい、君、大丈夫か?」 「うわ、顔が! ひでえ! きゅ、救急車呼ばねえと」  男性の一人が女性の肩に手を置いて助け起こそうとして、あわてて手を引っ込めた。 「痛! 何だこりゃ? 酸か?」  顔が赤黒く焼けただれたように変色し、全身から血をにじませて力なく痙攣して横たわる女性を通行人が見守る中、ようやく救急車のサイレンが近づいて来るのが聞こえた。
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