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「へぇ。医療従事者なんだ。」
プロフィールはかなりあっさりしか書いてない。写真が載っている。
やや口元が微笑んでいて写っている。
中年のおばちゃんでこんな顔の人いるなと思った。
居酒屋で席に案内される。
『大丈夫ですよ。お店先に入ってますね。渡辺で予約してます。』
返信を送る。
ああ、体だるいな。風邪ひどいな。夕飯代だけ済ませて早く帰ろう。
15分後、目の前に背の低い男性が現れた。
『中性的な人だな』
それが第一印象だった。
色白で色素が薄く、茶髪でたまに白髪混じりだった。
なぜか眉は時代遅れでかなり細く、眉尻に向かってほぼ剃り切っており、茶色にアイブロウをしているように見える。
「いやぁ、仕事が押して遅くなって申し訳ありません。結構待ちましたか?」
声少し高いな。やや低い声の女性くらい、、、。
「いえいえ、全然!大丈夫ですよ。」
明るい声で私が話す。本当に気にしていない。こういう場面でドタキャンする人も多い中で、
遅刻するくらい慣れっこだ。逆に私が遅刻することもあるくらいだ。
「それより、私今風邪引いてて、声やばくてごめんなさい!うつしたらごめんなさい!」笑顔で笑いながら話す。
「いえいえ、大丈夫ですか?」
「ちょっとやばいです。すみません、こんな感じで来て。」
「とりあえず何飲む?」
「じゃあプレモルで!」
実は、覆面調査員の仕事は注文商品の指定があったりする。
今回もプレモルと食事メニュ一の一部に指定があるため、相手に気づかれないようにこっそり頼む。
「職場近いんですか?」私が聞く。
「そうだね、僕の病院近くて。住んでいるところが代々木なんだよね。」
「へぇ。」
「職場近いの?」
「私は近くないんですけど、職場と家が離れていて。定期範囲なんですよここ。仕事帰りにサクッと寄れるんで。」
「ああ、なるほどね。この店とか大学以来きたことないよ笑 たまにはいいね。」微笑みながら話してくれる。
物腰が柔らかくてすごく話しやすかった。
「よかった。医療従事者って、薬剤師さんとかですか?」
「ああ、まあそんなとこかな。」
口籠もっている様子。あんまりつっこまれたくないんだな。
気持ちはわかる。どんな相手が来て今後どのような関係でどう繋がっていくかわからない相手に
気軽に職業を教えるのは危ない。私も初対面の人には濁すつもりだ。
「なるほど。代々木好きなんですか?」
「まあね。僕よく医学書読むんだけど、好きな古書店があってさ。」
私はテ一ブルに置かれたプレモルを飲んでいたところだったが、思わず吹き出しそうになる。
「医学書って、、、医者でしょ!」と笑いながらつっこむ。
「え、、、、まあ」と困ったように反応する。
はあとため息をつく。
「アプリとか慣れてないんですか?」
「うん、同じ医者仲間とこないだ登録してさ、何人と出会えるか競争するために登録してさ。」
と答える。
「絶対職業言わない方がいいですよ!住んでいる場所とここの近くと大体の年齢で病院も特定されるじゃないですか。危ないですよ。」
「え、そう?まあでも、、、ちゃんと気をつけてるから。」
と落ち着いて答えている。
「はあ、調子狂うな。もしかして病院ってT病院?」
「そうそう。」
「そこも言っちゃうか。なんか調子狂うな。」と私はいう。
お相手は微笑んでいる。
「僕、翔って言うんです。よろしくね。何て呼べばいい?」
「私は、、、アスカって言います。」
「アスカちゃん、よろしく。こういうのよくやるの?」
「いや、あんまりですけど。男性は有料でしょうけど、女性は無料だったりサクラもいるじゃないですか。
だからやばい人もいると思いますよ。私も報酬もらわないとこんなことわざわざ、、、あっ」と言ってしまう。
やばい、まさにADHDの症状。
「え、サクラなの?」
「えっと、報酬もらってても良い人がいればもちろん付き合ったりしたいですけど。」
「でもまあサクラなんだね、いや、いいんだよ。」
「、、、」
正確には覆面調査員。私は発達障害の癖に中途半端にプライドが高い。
マジでマッチングアプリに登録していると思われたらモテないと思われる。
サクラくらいに思われていた方が私はお遊びだと自分のプライドが保たれる。
本当は真実の愛に飢えている。
「他にこのアプリで出会った人いるんですか?」
私は話しを変える。
「1人いたな。占い師の女。綺麗だったけど。向こうが俺のこと気に入ってくれたみたいでグイグイ来てくれたけど、
なんか面倒臭そうでやだった。」
焼き鳥を食べながら翔は答える。
「へぇ、そんな人いるんだ。私にしたら他にどんな女性が登録してるかわからないからな。」
と答える。
「そうだよね、他の男性と会ったことある?」
「まあ何人かは。」
「それもお仕事で?」
「はい、割と普通の人ばっかりですよ。」
「そうなんだ。俺外科医なんだよね。それで今日手術早く終わっちゃってさ。だから嬉しくって誰かと飲み付き合って欲しかったんだよね。
だからアスカちゃんが近くですぐ飲みに付き合ってくれそうだったから、お仕事でもなんでも良いよ。」
と笑って答えている。
「え、何科なんですか?」
「小児が専門かな。あと外科もできる」
「へえ、すごい!私看護師の免許も持ってて、昔働いていたことあるんですよ。病院全然違うけど、昔だったら
お医者さんとか絶対こんな軽々しく声をかけられる存在じゃなかったな。」
「えっ、看護師なの!?ちょっとやだな。どこ病院だったの?」
翔の顔が明らかに曇る。嫌だよね、知り合いづたいに関係が繋がったらめんどう臭いよね。私だって嫌だ。
「全然違いますよ、K病院。しかも数年前の話しだし、私2年しか働いてないからもう記憶もないし、
同じ病院だった人ともう連絡取ってないし。」
とすかさずフォロ一を入れる。
「へえ、じゃあ普段は仲良くできないような子と飲めてるんだね、それは良い機会ですね。」
と微笑んでくれる。優しいな。穏やか。
「ニュ一スとかではさ、医者が女性を堕胎させたり、遊んでたり素行の悪い情報ばっかり最近もピックアップされてるけど、
こんなに穏やかで優しい先生もいるんですね。そういう先生もいるって知れたら何だか安心しました。」
「僕もそんな良い先生じゃないですよ。でも仕事は大好きです。ただ小児科だけど子供のこと好きじゃないけどね笑」
あはは、と談笑する。
「ご年齢聞いても良いですか?」
「あ、僕は37歳です。アスカちゃんは?」
「私結構歳で。29です。」
「何言ってんの、まだまだガキんちょでしょ!」
女のコンプレックスを知ってかそうフォロ一してくださる。
それが心地よかった。
「僕、看護師さん綺麗な人多くて、綺麗な人いて夜勤してる時にナンパしたことあるんだよね。
でもデ一トしてみて食べ方汚くってさ。」
うわぁ、さすが医者だからガツガツしてるな。しかも厳しい。うまく女をフォロ一しないと。
「その女性、若い方だったんじゃないですか?」
「いや、30いってたよ確か。」
と翔が呟く。話しながらも翔は酒飲みでプレモルを何回も追加している。
お酒強いんだな。
「30って私もう少しじゃん。うわぁ、怖いな。歳取ると老けてく。」
私が本当にいやそうな顔で呟く。
「アスカちゃん実年齢より若く見えるよね。でも30代の女性ってすごく綺麗だよ。俺も今20代より
30代の女性の方が良いもん。」
優しく答えてくれる。本当にそう思っているのが伝わる。
この人価値観が独特だな。他の男とは何か違うのかも、、、
私は不思議な気持ちになった。
「へぇ。そうなんだ。ちなみにどういう女性がタイプなんですか?」
「俺はキャリアウ一マンが好き。ちゃんと独立しているできる女。あと水原希子ちゃんタイプ!」
うわぁ、全然私と当てはまってない。私は仕事ができない、不器用だし責任感もない。早く寿退社したいと思っている。
また、顔は綾瀬はるかに似ているので、水原希子にも似ていない。
『私のことタイプじゃないんだな』直感でそう思った。
まあそうか。社会的に成功しているこの人が敢えて私みたいな人を選ぶわけないか。
逆にはじめから諦めがついてよかった。
自分の中で納得がついた。
その他にも少し雑談をしてから、「そろそろ出ましょうか。」と私から切り出した。
具合も悪いし調査も終えたのでもう用事はない。
伝票を持ってレジに向かう。
「4320円です。」店員さんがそう言った。
私は財布から千円札を数枚を取り出した。
「ちょっと、いいから。このくらい払います。」
と翔は慌てて言う。
「そんなわけには、」私が言うと、
「いやいや、そんなに稼いでないと思ってますか」とすごい目力で言ってくる。
「じゃあ千円だけでも。」と千円札を渡した。
なぜこんなにお金を出したがるのか。レシートがどうしても欲しいからだ。
私は覆面調査員としてレシートを受け取ることが必須なのだ。
渋々翔が千円札を受け取る。
案の定、端数のお釣りとそれらがのせられたレシートは私に翔が「もう!」というような不服そうな顔で渡してきた。
私が使う常套手段。こんな端金の収入のためにと思う人もいるかも知れない。
確かに大した稼ぎにはならないが、私にとってはそれが慣れていてラクな小銭稼ぎと、出会いも同時に期待できるから
損はないのである。
「駅まで送りますよ。」翔が言ってきた。
「世間が思う通り、僕ら比較的稼いでるので。一緒にマッチングアプリやり始めた医者の同僚にも、
女に騙されても損しても10万までにしようって言ってたくらいだから、良いんだよ。」と笑いながら話してくれる。
私も笑っていた。
「あれだよ、他の女性だと良い店連れて行ったりしないといけないのに、俺なんてあのチェ一ン店だったからさ。」
「そこで稼いでいるわけじゃないんですよね、正直味わってないし。」と私も答える。
駅の改札口に着いた。
翔が立ち止まる。
「今日は遅れてきてすみませんでした。」優しく、でも真っ直ぐに伝えてくれる。とても誠意ある言葉だった。
「私も今日きてよかったです。もっと世の中下衆い医者ばっかりだと思ってたんですけど、こんな良いお医者さんもいるんだって
思ったら、病院をもっと信用したくなりました。」
本心から笑顔で感謝の気持ちを伝えた。
翔が、「家に着いたら一応連絡ちょうだい。」と優しく言ってくれた。
「はい、今日はありがとうございました。」
「こちらこそ、気をつけてね。」
居酒屋で座っている時は気づかなかったけど、私は身長162cmで、立ってみると目線が同じだったからこの人、背が低いんだな。
そう思いながら私は帰路に着く。
その駅は他にも路線があったが、翔はどれに乗るなども言っておらず、私の背中を見送ってくれた。
体調悪いけど行ってよかったな。
電車の中でそう思う。
あ、調査のレポ一ト書かないと。
電車の中でスマホから入力を始めた。
家に着くと体調が悪いのもあって眠気が襲ってきた。すぐに寝てしまった。
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