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上をぼんやりと眺めていた瑤子は、急にフッと表情を緩める。
「本当、不思議だなぁ……」
ポツリと呟くように瑤子は言う。
「何がだ?」
その問いに、またふふっと笑い声を漏らすと、瑤子はこちらに顔を向けた。
「1年前はまだこの子はお腹の中にいて、2年前はまだ司と出会ってなかったのかぁって」
しみじみとそう言いながら、慈愛に満ちた瞳を俺と壱花に向け瑤子は微笑む。
「そうだな。もうお前といるのが当たり前すぎて、何年も一緒にいるような気はするけどな?」
瑤子に出会う前の俺は、それなりに面白おかしく過ごしていたと思う。けれど今湧き上がるのは、それとはまた別の感情だ。
「2年前の私は、こんな日が来るなんて想像すらできなかった。可愛い子どもと素敵な旦那様に囲まれて、こんな穏やかな誕生日を過ごせるなんて」
フワッと優しい風が吹いて、俺たちのあいだを抜けていく。それに瑤子の髪が揺れると頰にかかった。それを指ですくように動かした俺の手に、瑤子は自分の手を重ねた。
「ありがとう。こんな素敵な誕生日をプレゼントしてくれて。本当に幸せ」
そう言って俺を見つめるその顔に、俺の心は温かくなる。そんな気持ちを教えてくれたのは、他でもない、目の前の何より大事な女。
俺は体を起こすと、ゆっくり瑤子に顔を寄せる。
「……俺も」
瞳を潤ませたその顔は、今からされようとしていることを肯定しているようだ。俺はそのまま、その唇にそっと重なった。
「あー! ママー! チューしてる人がいるー!」
「キャー! すみません!」
そんな声が遠くから聞こえてきて、顔を離すと2人で笑い合う。
「見られてたわよ?」
恥ずかしそうに顔を顰めて瑤子は言う。俺はそれに笑みを浮かべて答えた。
「続きは、誰も見てないところで、だな?」
「……もう!」
まんざらでもなさそうな瑤子の手を握ったまま、俺はまたシートに転がった。
こんなふうに、ただこうしてのんびりと空を見上げている時間が、こんなに幸せだと思っていなかった。
特別な、日常。それはきっと、これからも続いていく。
そんなことを俺は思った。
Fin
2022.5.19
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毎回恒例のあれ。
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