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<十三> それでも春がくる
36 秋から冬へ
新学期に授業が再開すると長距離通学がますますきつくなったが、復帰した野球部での活動はどうにか怪我なく乗り切り、他の三年生とともに引退の日を迎えることができた。
引退セレモニーの日、三年生チームと一、二年生混合チームが対戦した対抗試合では、与えられた二打席でそれぞれ得点に絡む二塁打と勝ち越しの犠牲フライを決め、大勢の保護者や関係者が観戦していた中で見せ場を作ることができた。
数ヶ月のブランクは瑛斗にとって予想以上に大きかったが、懸命に努力をすれば報われることもあるのだと実感しながら、瑛斗は仲間と肩を叩き合った。
試合後の引退式では、主将の市原が「一度壊れたものを取り戻すのは大変だけど、お前たちなら絶対できるから、俺たちの分も頑張ってほしい」と全部員の前で涙ながらにスピーチした。これまで勝っても負けても泣いたことのなかった市原の思いがけない涙に、瑛斗も他の部員たちも全員がもらい泣きした。
部活を引退した後には空虚な毎日が再び訪れるのではないかと憂鬱な気持ちになっていたが、思いがけず良い出来事もあった。
対抗試合を内密に視察していた某大学野球部のスカウトの目に留まり、スポーツ推薦を受けられることになったのだ。
瑛斗は最低限の受験勉強を継続しつつ、卒業後も野球を続けることが決まっている他の三年生たちと、グラウンドの片隅で練習を継続できることになった。
バットを握り、白球を投げることで、萎えかけていた生気を取り戻せるような気がした。
「やっぱ野球できるの最高」と既に大学進学が決まっている河村が活き活きとバットを振る横で、瑛斗は大きく頷き、汗を拭った。
秋が深まる頃ともなると、いなくなった人たちの話題はすっかり聞こえなくなっていた。
そんな中、とある日の教室移動中にふと「三田先生が」と聞こえてきた。
河村やクラスメイトと話をしながら歩いていた瑛斗は無意識のうちに聞き耳を立てていた。前を歩く別のクラスの男子生徒が、誰かがどこかのオープンキャンパスで見かけたらしい、というようなことを会話しつつ彼らの教室に消えていった。気がつけば河村も無表情で黙り込んでいたから、彼らの話が聞こえたのだろう。
真相を知りたいという欲求と、相反する感情が瑛斗の中で葛藤した。
佐上に訊けば知っているかもしれないととっさに思ったが、自分が知らないことを佐上は知っているかもしれないという事実を受け入れられるほどの強さは持っていなかった。
そもそも、知ったところでどうにもならないのだ。
懸命に自分の今の立場を思い返し、そう自分に言い聞かせた。
十二月には推薦試験を終え、正式に大学進学が決まった。
大学は高校よりもさらに家から遠かったため、独り暮らしをすることにした。
部屋を探して家財道具の準備をしたり、その合間に練習の質を高めて継続したりするうちに、冬が来て、年を越し、春が訪れようとしていた。
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