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6月
結婚式の前日。早耶と麻衣は、行きつけのアジア料理の店に来ていた。
今日は、独身最後、それぞれ友達と過ごそうということになっていた。
「さよなら独身~~」
とビール瓶を突き合わす。
「私はまだ独身だけど~」
麻衣は上目づかいに早耶を見る。
「今日は軽く、ね。明日むくんじゃうとせっかくの花嫁姿が台無しだし。」
麻衣は警告する。
「うん、アルコールはこの一杯だけにしておくから・・・」
早耶は笑いながらビールに口をつける。
「麻衣も、明日はよろしくね。まあ、朝はそんなに早くないけど・・・」
「とはいっても、そっちは婚姻届けだしに行くんでしょ?準備もあるだろうし・・・。」
「うん、啓介と、市役所で待ち合わせして、そのまま一緒に式場へ移動することにしてる。」
「そうかあ~。彼も今日は友達と飲み会?」
「うん。一人、家に泊める約束してるらしくって、その友達と、軽く飲んで帰るって。」
「とうとうこの日が来たかぁ・・・。どう、心境は?」
「いよいよだなあ、って気持ちかな。楽しみだよ。いろいろ準備もしてきたし・・・まだ人妻になるって実感は全然わかないけど。」
「人妻・・・」
麻衣は吹き出しそうになる。
「まあ、人妻だよね。えーー、私も実感わかないなあ・・・。これから帰る家が変わって、こうやって会う機会も減ると、なんか変わってくるのかなあ・・・」
「え、いっとくけど、これまでと変わらず声かけてね。うちはお互い、それぞれの時間は大事にしよう、って方針になってるから。」
早耶は身を乗り出して主張する。
「とはいってもねえ・・・それは彼からしたらどうなの?」
「女は家で旦那の帰りまっとけ・・・みたいな人だったら、結婚しようなんて思ってないよ。啓介は、男も女も、仕事もってて普通、って考えだし。だからって、仕事することを強制されてるわけでもないし。そもそも、啓介自身が自分の時間を大事にしたい人だから、私に家にいることを強要することはないと思うよ。」
「大丈夫・・・?」
麻衣は運ばれてきたヤムウンセンを取り分ける。
「なにか言われても、そこはうちら夫婦の間でやりくりすることだから、気にしなくて大丈夫だよ。」
「なら、いいけど」
麻衣は笑顔で取り分けた皿を早耶の目の前に置く。
「新居にも遊びにきてね」
ヤムウンセンを口に運びながら早耶が言う。
「行きたい!最上階!」
「花火大会のとき、綺麗にみえそうだよ。」
「あ、決まり!8月の花火のとき、ビールもって行くわ。」
麻衣は、メニューを見ながら店員をよぼうと手を上げる。
「私、カシスウーロンで。早耶は?」
「あ、私はウーロン茶で」
宣言どおり、二杯目はノンアルコールにしておいた。
「今日はまだ実家に帰るんだよね?」
「うん」
早耶は、残っているビールを飲み干した。
「もう、家具とか家電は全部搬入済みで、洋服とかもまだ段ボールのままだけど、ちょっとづつ片づけていけばいいかなって。」
「そうやって考えると、結構たくさんやることあるね。式の準備以外にも、家決めて、家具そろえて、家電もかあ・・・。わあ・・・そりゃ、資金もいるなあ」
「分譲で考えるなら、頭金もいるしね。うちは、啓介の親が少し援助してくれたけど・・・」
「うっ・・・頭金かあ・・・。」
「一応、ローン審査もあるしね・・・。まあ、麻衣のとこなら大丈夫だと思うけど。彼も勤続年数それなりにあるでしょ。」
「まあ、ね・・・。直紀も私もどっちも一人っ子だし・・・どっちも実家は持ち家だし、家はどうなるかわからないな・・・。」
「そういう意味だと、うちは啓介も私もお兄ちゃんがいるから、実家のことは考えなかったな。え、いきなり同居するの?」
「同居はちょっと・・・、いやいや、まだ結婚の話も出てないからね?」
麻衣は左右に手を振る。
「でも、もう時間の問題でしょ」
運ばれてきた冷えたウーロン茶を手に取って口に運ぶ。
「うーーん。なんかきっかけがないとかなあ・・・」
「彼が異動でこっちに戻ってくるとかはないの?」
「今のところは聞いてないな。私、最近全然向こうに行く余裕がないんだよね。仕事モードっていうのもあるかもだけど。」
「あれ、2月にいって以来、いってないの?」
「うん。もう3か月以上になるか・・・」
「相変わらず、彼がこっち来ることないの?」
「たまにあるよ。研修でこっち来たりすることもあるけど・・・直紀は今年は春の研修は無かったみたい。私は研修だらけだったけど、ようやく第一弾は終わって落ち着きそう」
「じゃあ・・・来月あたり?」
「夏休みはいつも日程合わせて旅行行ってるから、そのときかなあ・・・」
「思ったよりも、落ち着いてる?」
早耶は問いかけた。
「落ち着いてる、とは?」
麻衣は首をかしげて聞く。
「前回彼のとこに行ったときは、いろいろと今後の計画的なところを話してて、なんかイラだってるような雰囲気もあったけど、今はあんまり?前のめりになってないっていうか・・・」
「結婚は、したいよ、したいけど。」
ここで言葉を区切って主張した。
「もう、こればっかりは流れに任せるしかないかなって。私も今、直紀のいるところへ来てくれって言われてもすぐにはいけないしさ。」
「タイミングだねえ・・・」
早耶はぽつりと言った。
「まあ、もうなるようにしかならないし。今は仕事優先モードだし、直紀の件については、フラットな気持ちかな。」
麻衣はグラスを手に取る。
「フラットというか、あんまり考えても仕方ないなと思ってる。」
グラスを空にして、カラカラと氷を鳴らす。あきらめたような口調に聞こえたので、少し驚いて麻衣の方を見た。麻衣は自嘲気味に笑っていた。
「明後日からオーストラリアかあ」
「明日は、二次会の会場近くのホテルとってあるから、そこで一泊して、新居に戻って荷物をもって空港へ移動するよ。夜の便だから。」
「なんで、オーストラリアなの?」
麻衣が尋ねる。
「時差が少ないし、フライト時間も寝てる間につくくらいっていうのが一番の理由かな。グアムとかハワイも考えたんだけど、啓介はビーチリゾートとか苦手みたいだから・・・。」
「まあ、確かに、水着でビーチでくつろいだり、シュノーケリングしたりする姿は想像できないなあ・・・。」
麻衣は、以前紹介してもらった啓介のやせ型で少し神経質そうな容貌を思い出して微笑む。
「なんなら、国内で、聖地巡礼の旅とかでもよかったんじゃないの?」
グラスを空にしながら、麻衣は店員におかわりを頼む。
「・・・啓介にも、それ言われた・・・。」
早耶もウーロン茶を頼む。
「国内なら、週末絡めればいけたりするじゃない。でも、せっかく長期休暇もらえるんだし、こんな機会でもないと海外とか行かなそうだなって・・・説得した。」
早耶は皿に残った料理を分けながら話す。
「私も啓介も、今回初海外だから。パスポートもとってきたよ。」
と早耶は苦笑いした。
「いつも、段取り苦労するねえ・・・」
麻衣は感心していう。
「せっかくなら、楽しまないとさ。そのためなら多少の段取り位苦にならないよ。一生に一度なんだし!・・・で、いろいろ妥協点を考えたところで、オーストラリアになったの」
「なるほどね・・・。オーストラリアといえば、コアラにカンガルー、あとはエアーズロック のイメージがあるけど・・・」
「あんまり自然には興味がなさそうだから・・・移動時間とかも考えて、私が見たいもの、食べたいものでツアー組んでみたんだ。」
早耶はスマホのメモを見ながら話した。
「ディナークルーズに、イルカのツアーとか・・・あ、コアラはもちろん見に行く。」
「ディナークルーズって、なんか豪華な感じがする・・・!なんか新婚旅行っぽい・・・。オーストラリアだと、シーフードになるのかなあ・・・。」
ディナークルーズというフレーズに、麻衣が食いついた。麻衣は肘をついて目線を泳がせ思いを馳せる。
「海外かあー、、学生のときに韓国と、2年前だっけ、直紀とプーケットにいったくらい・・・。ちょっとうらやましくなってきちゃった!夏休みは海外でも行こうかな。」
「いいんじゃない?」
早耶は思いついたようににんまりとした。
「彼氏と行ってきなよ。いい雰囲気のビーチで、プロポーズとかされちゃったりするかもよ。」
「あははっ」
二人で笑い合う。
麻衣は一区切りいれて早耶を見る。
「ま、結婚しても、これまで同様よろしくっ。」
新しく運ばれた飲み物を手にして、早耶のほうへ差し出す。
「こちらこそ!」
早耶はグラスを手に取り、差し出されたグラスに合わせた。
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翌朝、早耶は啓介と新居のある市役所の休日窓口にきていた。
サイン済の婚姻届けを窓口の警備員の人へ渡す。
「はい、お預かりします。記入に不備がなければ、このまま受領になります。」
「よろしくお願いしまーす・・・」
早耶と啓介は窓口を後にする。
「あっさり終わっちゃったね」
麻衣は拍子抜けしたように言う。
「まあ、提出するだけだからね。」
啓介は、喫煙所を探してあたりを見渡す。隣で、じっと啓介を見上げている早耶と目が合う。
「今日から、本間 早耶です。」
早耶は、自分でいいながら、少し照れてしまった。自然と笑顔になる。
「はい。・・・これからも、どうぞ、よろしく。」
啓介は、照れ隠しなのか、早耶から目をそらして応えると、早耶の手を取って歩き出す。反対の手には、指輪の入ったジュエリーショップの紙袋を持っている。役所の時計塔に目をやって時間を確認した。
「なんか、少し食べてから行くか。コーヒーも飲みたいし。」
「うん。私もコーヒー飲みたい。」
早耶は満足げに微笑んで繋いだ手に力を込めた。
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