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1月(1)
啓介は、早耶の家に正月の挨拶に来ていた。
朝から二人で初もうでに行き、昼過ぎに啓介の実家へ。手土産のお菓子でお茶を飲みながら、この後の式の準備の段取りや、席順について話をした。
その後、早耶の家に移動してきて、今、リビングでおせちを囲みながら、父と日本酒を飲んでいる。
「仕事もあって、式の準備もって、大変でしょう?」
母は、取り皿をとりかえながら、啓介に話しかけた。
「まあ、事前に予定がわかっていれば、調整できますから・・・」
「この子がもっと動いてやってくれればいいんだけど。ほら、この子も仕事が忙しいって・・・。年末も、時間ギリギリに帰ってくることがしょっちゅうで。女の子なのにねえ・・・。」
年末、といわれて内心ギクリとした。啓介とは、年末は式の準備で会っただけで、デートらしいデートもしていなかった。衣装合わせの時に、ランチをしたのが最後だ。クリスマスも、今回は啓介の仕事が忙しくて食事すらしていない。
母が早耶の仕事に内心納得していないのは知っていた。
女の子なんだから、もっと早く帰ってこれるような仕事はないの、と言われることが日常茶飯事だ。
「早耶さんも、仕事熱心なんで、そこは自分もいいところだな、と思っているので。」
母の小言に、啓介がフォローしてくれる。
「でも、結婚したら、家のこともあるし・・・」
「そこは、うまくバランスとってやってくから。」
早耶は母の言葉を遮る。
「うまく、っていっても・・・啓介さんも忙しい仕事でしょう?早耶がちゃんと家のことをしないと・・・」
「正直、自分は家事は苦手・・・というか、今も母に頼り切りで全然ですが。」
啓介はとりなすように口をはさんだ。
「協力しながら、やっていこうと思っているので。」
母は啓介の言葉に、しぶしぶ口をとざす。
早耶も、啓介も実家で暮らしているから、新居へ引っ越すまで、ろくに家事もしていないことになる。
「二人がそう言っているなら、いいんじゃないのか。」
父は、一言いって、黒豆をつまんだ。
「啓介は、おせちだと何が好き?私は、カズノコが一番好きなんだけど・・・この煮しめは、お母さんに教えてもらいながら一緒に作ったんだよ。食べてみて。」
早耶は話題を変えた。
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「私の部屋って、入ったことないよね。見てみる?」
おなかも満足して、日本酒も3本ほど空にしたころに、早耶は啓介に声をかけた。
「あら、ちゃんと片づけてあるの?この子ってば、忙しいからって全然掃除しなくって・・・」
「ちゃんと、年末に片づけたから、今が一番きれいなの。」
早耶は母親の小言を遮るように言った。
「二階なんだけど、階段はこっち。」
「じゃあ、ちょっと失礼して・・・」
啓介が腰を上げる。
早耶が階段を先にのぼって、部屋のドアを開ける。
「おじゃましまーす・・・」
啓介が部屋の中に入る。
「そこ、テーブルのところにクッションあるから」
いつも早耶が仕事からかえってきて一息つく場所に、二人で並んで座った。
薄いオレンジの花柄のカーテンに、濃いオレンジのラグ。ラグの上にベージュのローテーブルと、ワインレッドのクッション。ベッドのシーツカバーはイエロー系で統一されていた。
学生時代に使っていた学習机は、部屋の隅に置いたまま。学習机の隣に置いた背の高い本棚には、漫画が一面ずらり。寝る前に、気に入った漫画を読むのが、早耶のストレス解消法だった。
啓介の視線は、本棚に向かっている。啓介と一緒に原画展にいった作品も、本棚に並んでいる。
「あ、愛蔵版まである。・・・あ、これ、よんだことない。」
「面白かったよ。多分、啓介も好きなんじゃないかな。持ってく?」
「あ、借りようかな・・・」
早耶は、早速小さな紙袋を探してきて、啓介に貸す本を本棚から取り出し、用意した。
啓介はふう、と床に手をついて背を伸ばしてリラックスする。
早耶は啓介に寄り添って、そっとキスをした。
「日本酒のにおいがする」
「まあ、ちょっと飲んだからね・・・」
「お父さんのお酒、つき合わせちゃってごめんね。大丈夫?」
「うん、このくらいなら大丈夫。・・・日本酒は久しぶりだったなー。」
二人で顔を見合わせて微笑む。今度は、啓介のほうから早耶に手が伸びて、頬に触れ、そっと唇が合わさる。少し酔っているせいか、いつもよりも啓介が積極的に感じる。早耶はうれしくて啓介の肩に手を回す。
そこへ、階段の下から母親の声がした。早耶は心の中で舌打ちする。
「早耶ー。コーヒー淹れたわよーー」
早耶は渋々と返事をした。
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