2月(3)

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2月(3)

「麻衣のほうははどうなの?」 早耶は麻衣に水を向ける。 「来週、向こうに行こうかなって計画中。そのときに、ちょっと話してこようかと思ってて。」 麻衣はスマホで予定表を見る。 「こっちに戻ってこれないの?って話はしてるんだけど・・・。向こうにいってからついてるお客さんとの関係が良好らしくってさ。売上いいらしいんだよね。」 直紀は、デパートの外商部に所属している。外商部とは、デパートの上顧客を相手に営業をする部署で、訪問したり、来店時にアテンドしたりして、顧客との信頼関係を築き上げ、売り上げにつなげるのだ。 「じゃあ、麻衣が向こうに異動させてもらう?」 「・・・そのあたりを話したいなって。」 麻衣はグラスに口をつけて喉をうるおす。 「私、販促がしたくってデパートに就職したじゃない?職場の定期面談のときにいつもその話もしていて・・・でも、直紀とのこともあって、強く希望を出してなかったのね。」 麻衣が頬杖をついて早耶のほうを見る。 「これからのキャリアとか、人生設計、というか・・・いろいろ考えておいた方がいいかなって。子供も産みたいし、産むなら、そろそろ結婚も考えないとさ。」 「子供かあ・・・」 早耶は電子タバコのスティックを一本だして差す。 「産むとしても、私は、結婚してもしばらくは二人の生活を楽しみたいかなあ・・・。」 ふいに、子供のことをせっつくだろう母親の顔が浮かんでげんなりした。 「私も二人の時間がほしいからこそ、そろそろ、よ。私は子供二人ほしいし、けど生理不順もあるから、治療とか必要なんだったら、その期間とか考えないといけないし・・・」 麻衣は、学生のころから生理不順で、1か月生理が飛ぶ、ということもよくあった。そのために、もしかしたら、妊娠したのかも?と婦人科を受診したことも数回あった。一方の早耶は、毎月きっちりと決まった周期で来ていて、不順で悩んだことはこれまでなかった。 「そういえば、また婦人科いくっていってたね」 「うん、少し前に言ってきた。血液検査して、基礎体温つけながら、漢方飲むことになったよ」 「基礎体温・・・」 名前だけは聞いたことがある。麻衣の話では、婦人体温計という小数点以下が二桁表示される体温計を購入し、朝起きてすぐ、布団の中で体温を測り、記録していくのだという。体温の変化で、排卵が来ているのか、そろそろ生理が始まるのかが観察できるらしい。 毎朝ギリギリまで寝て、急いで支度をする早耶にはとてもおっくうな作業に感じた。 「早耶はブライダルチェック、いった?」 「私、毎月キッチリ生理くるから、全然意識してなかった・・・」 「男性向けのもあるみたいだよ。二人で受けられるとこもあるみたいだし。」 「・・・啓介は嫌がりそうだから、うちはいいかな・・・」 啓介の拒否反応を想像して苦笑いを浮かべる。 「できなきゃできないで、まあ、いいし」 早耶は電子タバコに口をつけた。 「彼もそのつもりなの?ちゃんと話した?」 「・・・してない。けど、多分、そう。・・・麻衣は、してるの?」 早耶はケムリを吐き出して尋ねる。 「したよ、もちろん!だからそろそろ、って直紀に話してるんだし・・・。どっちかといえば直紀のほうが子供はほしい、って言ってるのに・・・」 「そうなんだ・・・。だったらそれはほんとに決断してもらいたいよね。」 早耶は麻衣の積極性に驚きながら話した。麻衣は力説した。 「女は自分の体にかかわることだから、必然的に考えるけど・・・、産休とか、育休とか、育児と仕事との両立とか・・・男の人はさ、まだまだ頭にないんだろうけど。」 グラスに手を伸ばして、一口飲む。 「産前産後の恨みつらみとかで離婚する人の話を周りから聞かされるから・・・まあ、結婚してからすりあわせてもいいのかもしれないけど、子供がほしいかどうかぐらいは、確認しておいてもいいんじゃないかな。」 早耶は、さらっと、啓介に確認しておかなきゃな、と思った。勝手な思い込みで、啓介は子供は欲しがらないだろう、と思っていたけど、どうなんだろう。そして、早耶が欲しい、といったときには同意してくれるだろうとも思いこんでいた。 「麻衣、そこまで考えてるんだ・・・」 早耶は感心していった。 「相手が決断してくれないから、いろいろと決断するためのネタを集めてたら、こうなったの!」 麻衣はカシスソーダを飲み干して早耶のほうを見た。 「でもねー、決断できないから別れる、てのが、できないんだよね・・・」 麻衣は、昔からしっかりしている。頭もいいし、段取りもよい。 「なんだかんだ、付き合ったら長いよね。」 麻衣は、一人の人と長く続く。そして、大学以降、途切れたことがない。 大学生の時の彼氏とは4年。就職して、直紀と付き合うようになるまで付き合っていたはずだ。 高校の時の彼も・・・大学生の彼と付き合うまで、付き合っていたのでは・・・? そしていつも、恋愛相談をしていた相手が、次の彼氏になっている気がする、と思い出していた。 「まあ、よく話あってきなよ。」 「うん。」 早耶と麻衣は、スマホで時間を確認して、会計をすませ、店を出た。 「あ、友人代表スピーチ、よろしくね!」 店の前で、早耶は麻衣の肩をぽん、とたたいた。 「うっ・・・私の時も・・・とはまだ言えないけど。」 二人で駅までの道を歩きながら話した。 啓介と相談して、式に呼ぶ人数は親族中心で会社関係の人は最低限に、友人は二次会で集まってもらおう、ということにしていた。友人として式に呼ぶのは、麻衣だけだ。 「今年だけで、結婚式が3件あるんだよ・・・」 麻衣は毒づく。 「だから、ワンピース、買っちゃった!」 麻衣が試着した写真を見せてくれる。 薄いピンクに、紺のリボンでパイピングされた清楚なワンピースだった。 「これ、ピンクでも、実物はもっと落ち着いた色でさ・・・。みんな、お祝いなのに黒とか紺とか多いじゃない?だから、華やかさを演出しようと思い切ってピンクにしてみた。」 スマホをカバンにしまいながら、麻衣がポソっといった。 「実は、前に式に着て行った黒のワンピースがあったんだけど・・・2件ほど。2件とも、離婚しちゃって。」 早耶はぎょっとした。 「だから、黒のワンピースは下取りにだして、新しく買い替えることにしたの。」 「ちょ、ちょっとコワイ話・・・」 「でしょう~。新しいワンピースは、早耶のとこが初だしだから!」 麻衣はニコリと笑った。 「直紀のとこにいったときに、アクセサリーを一緒に見てもらおうと思ってるんだ・・・」 マフラーを直しながら、麻衣がつぶやく。 早耶は、婚約指輪も一緒にみて帰ってくるといいのに、と内心思っていた。
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