4月

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4月

 挙式まで二か月前となり、打ち合わせの時間より早く待ち合わせをして、早耶と啓介は式で出される料理のカタログを見ていた。 式は神前式でするのだし、和洋折衷でいこうとカタログをみるまでは考えていたのだが、実際に写真を見てみると、フランス料理も捨てがたい。 式にかかる費用のなかで、料理は、人数分ということもあってかなりの割合を占める。来た人の印象にも残る部分でもあり、いい加減にも決めたくない。 啓介は、やっぱり、というか、あまり考えていないのか、和洋折衷のスタンダードなプランを指さした。  早耶は、招待した親戚や、会社の人、友人の好みを考えていたが、啓介は、それは個人差がありすぎて、考えたらきりがない。真ん中をとって、和洋折衷が無難だ、という意見だった。考える時間が勿体ないから、早く決めてしまおうというような態度に、早耶は少し苛立ちを覚えていた。  啓介の意見は合理的なのかもしれないけれど、せっかく、交通費をかけて自分の時間を割いてお祝いにきてくれるのだから、少しでも気持ちよく過ごしてもらいたい。そのために二人の時間を使って話し合うことを否定しないでほしい。結局は、和洋折衷になるのだとしても、その過程も楽しみたいと思うのは早耶のわがままなのだろうか。 啓介は、早耶の苛立ちに気付かず、黙り込んでいる早耶が、いろいろと考えて迷っていると思っているようで、 「ちょっと、一服してくる」 と喫煙室へ向かってしまった。早耶は、啓介の姿を見送り、カタログのページをめくりながら小さくため息をつき、アイスコーヒーのストローをぐるぐると回した。 ------------------------------- 「諏訪さんって、結婚式しましたよね?」 打ち合わせが終わり、会議室を片付けをしているときに、早耶が尋ねた。 結局、料理のことについては、啓介から、 「予算はこのくらいにしたいから、価格帯がここに収まるのなら、したいようにしてくれてよい。」 と言われてしまって、早耶はまだ決定を保留していた。 「したよ。・・・おや、マリッジブルーですか。」 ふてくされた顔をしている早耶に気付いた諏訪にふざけながら丁寧な言葉で返され、早耶はふっと和む。 「マリッジブルー・・・なんですかね?これ。・・・なんか、もっといろいろああでもない、こうでもないって話しながらいろいろ決めたいなって思ってたんですけど。もう、超合理主義な人なんで、会話にならないっていうか・・・」 「ははは、楽しめないって?」 「そう、そうです。」 早耶は諏訪が察してくれたことが嬉しくなって、身を乗り出す。 「・・・で、言われたことに私が納得できないと、じゃあ、自分の好きなようにして、って感じで。」 「じゃあ、好きなようにしちゃえばいいじゃん。それには文句言わないんでしょ?」 「まあ、言わないと思います・・・」 早耶は口をとがらせて諏訪を上目遣いで見る。 「多分、高遠さんが、そう仕向けてるんだよ。・・・じゃあ。」 諏訪は会話を切り上げて、営業スマイルで会議室を出ていった。 早耶も、自分のフロアへ向かう。  諏訪だったらいろんな意見交換ができるんだろうな、とつい比べてしまっていた。 実際はわからない。自分の結婚式のときは、諏訪も啓介のように合理的な提案をしていたかもしれないし、奥さんに任せきりだったかもしれない。  2月のバレンタインの一件の後も、諏訪とは今までと同じように案件にかかわっているし、二人で打ち合わせをすることもある。しかし、諏訪は前のような思わせぶりな態度はとらなくなった。早耶からもらいタバコをしたり、意味深な目つきや仕草をすることも無い。そこに、ついさみしさも感じてしまう。 自分は何をいってるんだ、とも同時に思う。自分がスッパリ「これ以上はやめよう」と線を引いて、諏訪もそれをきちんと守ってくれているだけ。単なる同僚として扱ってくれているだけなのに。    啓介に不満があるなら、それをちゃんと伝えればいいだけだ。伝えもしないで、自分のなかにため込んで、勝手に消化して。それでうまくいくならそれでいい、とずっと思ってきた。折り合いがつきそうにないとき、啓介は最後には自分の好きなように選択させてくれる。それが自分に都合がよいから、そのままにしていたのだ。 諏訪に言われた「仕向けている」という言葉が頭のなかを巡っていた。
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