11月(1)

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11月(1)

今日も、門限ギリギリだ。 駅から自宅までの道を自転車で急ぐ。自転車のカゴには、自転車置き場近くのコンビニの袋。 もうすぐ12月。夜遅くはそろそろ手袋がほしくなるくらい冷たい風が吹く。 実家住まいの早耶には、門限がある。23時まで。 成人式を済ませて8年もたつのに、まだ門限がある。 一度、人身事故で電車が遅れてしまって、門限に間に合わなかったときは、内側からチェーンをかけられた。 電話をかけて、事情を説明して、電車の遅延を証明して、やっと家に入れてもらったこともある。 とにかく、昔気質の両親は早耶に厳しかった。2つ上の兄には何も言わないし放任主義なのに、娘の早耶には厳しかった。 窮屈に感じた早耶は、早く家を出たかった。 過干渉な両親、傍若無人な兄。就職して、一人暮らしをしたいといったときにも却下された。 就職して、仕事の忙しさを両親に説明して、交渉して、やっと門限を21時から23時にしてもらった。 今は嘱託として勤めており、家にいる時間が多くなった父も、自分が小学生~高校生くらいのときには、ほとんど家にいなかったように思う。 母は、専業主婦だったが、事細かに早耶のやることにかかわってきた。 洋服は、母が用意してきた。年ごろになって、友達と洋服を買いにいきたいとせがんで自分で買うようになっても、母の買い物は止まらなかった。 就職したら使えばよいから、嫁入りの時にもっていけばよいから・・・、とブランド品のバッグ、アクセサリー、着物まで。見せられたときはギョッとした。 後から考えれば、さみしさを買い物で埋めていたのかもしれない、と思った。 もっとも、着物まで買っていたことは、つい最近知った。 啓介が挨拶に来たとき、母から嫁入り道具として見せられたのだ。着物を収納している桐箪笥も、嫁入り道具だと聞かされた。今どき、着物と桐箪笥なんて・・・と、早耶は呆気にとられた。 男兄弟の啓介は、若干驚いてはいたが、嫁入り道具とはそんなものか、という感想だった。 啓介とは、2年ほどまえ、友達との飲み会で知り合った。 専門学校のときの友達3人で早耶の誕生会をしよう、と約束していたときに、一人が彼氏と、その友達を二人、連れてきて6人で飲むことになった。そのうちの一人が、啓介だった。 最初は、女3人で飲みたかったと思いながらも、話しているときのタバコを吸うしぐさとメガネ顔のバランスに、心のツボを押されたのは確かだ。 啓介は、多弁ではなかったが、話しているうちに、アニメが好きという共通の趣味を見つけ、連絡先を交換して、その飲み会のときのメンバーで会うようになった。 二人の好きなアニメの原作の原画展があるという情報を仕入れたときに、啓介を誘った。 これが初めて二人で会った機会だった。 展示された絵をゆっくりを眺めながら写真をとったり、思い入れのあるシーンについて話したり、等身大パネルとならんで写真を撮り合ったり・・・。気兼ねせず楽しめたし、グッズも購入できた。  このときに、早耶は初めて啓介の前でタバコを吸った。女友達は全員、早耶が喫煙者であることは知っていたが、仲間みんなで会っているときは、引かれたくなくて、控えていた。だけど、二人きりでも楽しい時間を過ごせるとわかって、もう少し踏み込みたくなった。自分をさらけ出しても大丈夫か、確認する手段に使った。  会場を出たときに、啓介が「ちょっと、タバコ吸ってきていい?」と喫煙所を見つけて声をかけてきた。早耶は、「あ、私も行く」とついていき、電子タバコにスティックを差し込んだ。 啓介は、紙巻タバコにジッポで火をつける。 「あ、電子タバコ派?」 啓介は、特に驚いた様子もなく、ふーっと一息吸いこんでから話し出す。やっぱり、タバコを持ってる姿はささる。 「うん。最近、電子タバコじゃないと吸えない喫煙所とかも増えたし。会社がそうなんだよね。」 「俺も、会社では電子タバコなんだけど。会社の外ではね。やっぱこのケムリがほしくなる」 と笑った。 このときに、あ、この人を他の人にとられたくない、と思ってしまった。  それからは、早耶が押して、押して付き合うようになった。付き合ってからは、彼の友達にも紹介してもらったし、実家にも顔を出したりして、少しずつ様子を伺いながら、外堀を埋めていった。 マンションのモデルルームに連れて行って、「今なら、最上階のルーフバルコニーつきの部屋もまだ売れてないって。ここなら、二人の勤務先にも通いやすいし、ローンも二人なら払えちゃうよ。どう?」 とほとんど早耶からプロポーズしたような形で、結婚することになった。 来年の6月、早耶の誕生月に、結婚式を挙げる。入籍も式の日にすることになっている。 普段、仕事ではラフな格好な啓介が、スーツを着て早耶の家に挨拶に来たのは、2か月ほど前。まだ半袖で過ごしていた時期だ。 「お付き合いしている、本間 啓介 さんです」 早耶が啓介を紹介する。 「初めまして、本間です。今日はお忙しいところ時間を作っていただいて、ありがとうございます」 緊張した面持ちで、啓介が一礼する。 「どうぞ、あがってください。」 出迎えた父と母が啓介をリビングに案内し、母がお茶を配膳する。父は早速湯呑に手を付ける。 「改めて、今日はありがとうございます。これ、皆さんで召し上がってください」 と持ってきた手土産を差し出す。 「ありがとう。いただきます」 父が受け取り、母へ渡す。 母も受け取って会釈し、席に着いた。 「あら、どらやき?私もお父さんも好きだから、おやつにいただきますね」 「早耶さんから、お好きだと伺っていたので、どらやきにしました。うちの実家の近くの和菓子屋のものです。お口にあうといいのですが」 「ありがとう。いただきますね。」 啓介は、すっと背筋を伸ばして、両親のほうをみた。 「早耶さんとは、一年半ほどお付き合いさせていただいています。この夏、そろそろ結婚したいね、という話になりまして・・・。今日は、早耶さんとの結婚のお許しをいただこうとご挨拶に伺いました。」 「・・・事前に、話は早耶から聞いています。新居のマンションを見に行ったりしていると。二人がよければ、もう大人なんだし、とくに反対する理由はないです。・・・まあ、こんな娘でよければ、よろしくお願いします。」  啓介が挨拶にくる、と伝えておいたら、母は仕出し屋から会席膳をとってくれていたので、一通り挨拶が済んだあと、リビングのテーブルに、料理が並べられた。 父も啓介も口数が少ないほうなので、主に話しているのは母と早耶だった。 駅までの道を送りながら、 「おつかれさま」 と早耶は啓介をねぎらった。 「ちょっと緊張した。いつぶりかな、スーツ着たのも・・・」 啓介が首元に手をやって、ネクタイを少し緩める。 「啓介のスーツ姿、初めてみたかも」 早耶が全身を見渡す。 「ちょっと、コンビニ寄っていい?一本吸いたい」 駅近くのコンビニの灰皿に吸い寄せられるように近づく。 「あれ、吸わないの。」 啓介は早耶を見て言う。 「うん。持ってきてないし、今は大丈夫。」 と答えると、早耶はコンビニの中に入り、コーヒーを二つ買ってきて、一つを啓介に差し出す。 「あ・・・ありがとう。」 啓介は、差し出されたコーヒーを受け取り、一口すする。 「とりあえず、反対されなくて良かった。」 啓介はもう一口、二口とコーヒーを口に含んだ。 「しないでしょ。ちゃんと働いてるんだし。むしろ、年ごろの娘はそろそろ片付いてくれないと、って思ってるよ、きっと。」 早耶もコーヒーに口をつけて笑った。 「挨拶、考えてたんだ」 「うん、ネットで調べた。兄貴にも聞いたし、母親にも一応相談した。」 啓介の家は、もうお父さんが亡くなっている。啓介の2つ上の兄は、3年前に結婚し、実家から40分ほど離れたところに所帯を持っている。 お兄さんは、お義母さんの部屋も用意したらしいが、お義母さんは、「自分のことは自分でしたいのよ」と、お兄さんともの同居も拒否したらしい。啓介と早耶の新居のことも、とくに反対もせず喜んでくれた。新居のマンションは、啓介の実家から車で20分ほど、早耶の実家からは電車を乗り継いで1時間弱のところにあった。この距離も、購入を決めたポイントだった。
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