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図書委員
「と、いうわけで。図書委員は香住さんに決定しました」
僕は、黒板の前でクラスメイトたちを見渡した。
一応だが、学級委員を務めている。
といっても、希望者がいなかったために推薦され、半ば押し付けられた形なのだが。
二学期になり、新しい委員を決めなければいけなかったのだが、案の定希望者はいなかった。
そこで、推薦により香住さんが図書委員に選ばれたというわけだ。
ぱちぱちぱち、とまばらな拍手。
「さて、次の議題に移ります。学級文庫を期限が来ても返却しない人が増えていることについて。早速ですが香住さん、話し合いを行うので、前に出てきていただけますか?」
僕は議題についての紙束をパラパラと捲りながら、視線を向けずに指示をする。
椅子をひく音と小さな足音が一つ耳に入る。香住さんが前にでてきてくれたんだろう。
「じゃあ、ここからの司会は僕と香住さんで行います」
「香住ちゃん初仕事じゃん」
「あ、ホントだ。頑張れー」
心の籠っていないのが丸わかりの言葉に、律儀にも香住さんが礼をする。
「じゃあ、話し合いを始めますが…」
「ていうかぁ」
僕の言葉を遮って、カースト上位の水澤が気怠そうに発言した。
「そもそもなんですけどぉ。学級文庫、一週間で読み終わる本ばっかじゃないじゃん。返却できないのに返却しろとか鬼畜ですかって話ー」
「その場合は、一度返却してもう一度借りればいいでしょう」
「いやダルすぎ」
ねえ、と周りの取り巻きたちに同意を求めて、黄色に染めた髪のキツい香水の匂いを振りまく。
ため息を呑み込んだ。自己中極まりない彼女らに注意をしなければ。
「面倒くさいとかそういう問題ではありません」
「そういう問題ですぅー」
「違います。これは規則なんです」
「でもさ、一回返してすぐ借りるなら一緒じゃん」
全く、性質の悪い…。
と、香住さんが一歩前を出た。
「何、香住ちゃん。文句でもあんの?」
「文句…ではないです」
「じゃあ何」
肘をついて決して褒められたものではない態度をとる水澤に、香住さんはいつも通りの口調で言った。
「今日は家に帰らないでください」
「…は?」
唐突な発言に、素っ頓狂というより苛立ちを滲ませて水澤は香住さんを睨んだ。
「香住ちゃん、何言ってんの?」
「え…だって、返してもすぐ借りるんだから意味がないという考えなら、家に帰ってもすぐまた登校するので、意味がないのではと思いました。意味がないのに廊下や靴箱を通ってわざわざ汚れを増やしてもそれこそ意味がないし…」
すると鼻で笑って、水澤は香住さんに言葉を返した。
「え、じゃあさ。香住ちゃん、床が汚れるから私に帰るなって言ってんの?」
「はい。だって、同じことなので。それでも平気だと言っていたから」
別に皮肉や嫌がらせで言っている風ではなく、純粋にそうすればいいと提案しているようだった。
「うわ、ひっど。香住ちゃんひどすぎ!」
「え…でも平気なんじゃないですか?」
「あんたバカじゃないの?人間と本とを一緒に考えるとかないわー」
声の調子が変わり、クラスの空気がピリッと張り詰めて静まりかえった。
「根本は一緒ですよ?」
「いやだから…あー、もういいや。早く会議終わらせてよ。さっさと自習にしよー」
「納得がいっていないのなら、きちんと考えましょう」
「香住ちゃんしつこい。もういいって言ってんじゃん」
学級会議が終われば、自習になる。
どうせ水澤は授業をサボりたいだけだろうが。
「わかりました、手短に説明しますね。借りている本を返してすぐ借りるなら借りたままでいいという意見でしたので、学校にいるのをわざわざ帰ってまたすぐ登校するのではなく、学校にいるままの方がいいのでは、というのが…」
「しつこいんだよ!黙れよ香住!」
苛立ちを露わにした水澤に、びくりと香住さんが肩を震わせた。
「あ…ごめんなさい」
俯いて口をつぐんだ香住さんに、水澤が視線を逸らしながら聞こえるように舌打ちをする。
僕が空気を変えなければ。
「水澤、言葉が過ぎるぞ。香住さんだって悪気はないんだから」
「はぁ?精神どうかしてんじゃないの?普通そんなこと言わないでしょうよ」
「もういいだろ。会議を早く終わらせたいんなら、大人しくしとけよ」
水澤は渋々といった様子で引き下がった。
「それでは、会議を再開します。何か、案のある人は?」
「はーい」
水澤の取り巻きの一人が気怠そうに挙手をする。
「香住ちゃんと鈴木で張り紙作ればいいと思いまぁす。香住ちゃん図書委員だし、鈴木は学級委員でしょ?学級のために働いてくださーい」
…この考え方、本当どうにかしてほしい。
僕だってなりたくてこの役職についたわけではないのだ。
みんながやりたくないから押し付けられてんのに、それでいてクラスのために尽くせって。
もちろん僕も役職についたからにはしっかり仕事は熟すが、それ以上を求められ過ぎるといい加減、頭にもくる。
がしかし、そう簡単に僕の希望も通らない。
「それでいいじゃん」
「学級委員に図書委員だしね」
「仕事して」
「よろしくぅ」
「は?おい、まだ誰もそれでいいとは言って無…」
「え、鈴木、嫌なの?」
水澤が意地悪く笑って、伏せていた上半身を起こした。
「学級委員はクラスのために働くのが仕事ですよねー?それ拒否るって、どうなんですかぁ?」
「…別に嫌とも言っていないが」
「あはっ、だよね!んじゃよろしく、鈴木に香住ちゃん。ハイ会議終わり!自習しよ、自習ー」
僕が口を挟む前に水澤が勝手に発言し、クラスが一気にざわめいた。
これじゃ、僕の声は届きそうにないな。
結局こうなるのだ。
はぁ…と深いため息をついていると、香住さんが僕の肩をとん、と軽く叩いた。
「鈴木さんは他の仕事で忙しいだろうから、私がメインでやります」
ただ、と香住さんが困ったように笑う。
「図書委員初めてだから、役務についてまだ無知で。放課後、少し鈴木さんを借りてもいいですか?」
ぼ、僕を借りる?
相変わらず、個性的な表現をする人だ。
「勿論。手伝うよ。放課後だね、了解」
僕がそう返して手帳に書き込むと、香住さんはほっとしたように笑った。
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