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香住八重
香住八重。
三年C組17番。
席は、前から三列目の右の窓際。
大和撫子の艶やかな黒髪は腰まである。
瞼に半分眠たげに隠された目は、長い前髪に遮られてよく見えないけれども、暗い青か黒か。
いつも自分の席で何かを見つめていて、誰かと話しているところは滅多に見たことがない。
それでも、目立たないけど目立つ。それが香住さんの印象だった。
「このように、天気などの環境の描写は主人公の心情を遠回しに表すこともあるのです。」
国語の教科書を片手に、チョークでコツコツと黒板を叩く先生。
比較的若く、生徒からの人気も高い先生だ。
僕は、先生が名簿をなぞるのを見て小さく欠伸をした。
「それじゃあ…香住さん。今日はまだ発表してないよね?」
「あ…えっと…」
意外にも澄んだ声で、香住さんがノートから顔を上げる。
「香住さんは、今のこの天気を見てどう思う?小説を書く気持ちで、情景描写してみて」
「天気ですか…」
香住さんがゆるりと視線を窓の外へ斜めに投げる。
それを追えば、春らしい暖かな太陽と小さな雲が空に浮かんでいた。
「ええと…雲が」
クラスの女子が意地悪な期待を瞳に宿してくすくす笑いながら答えを待つ。
「雲が太陽の光を抱えて…鳥がその上でスキーをしてます。光が雲と雲を跨いで、寝そべって…迷惑そう。雲が可哀想です」
「め、迷惑、ですか」
どちらかというとポジティブな意見を期待していた先生が、困ったように眉を八の字にした。
女子の小さな笑いがさざなみのように広がる。
「香住ちゃん、やっぱズレてるよね」
「なんか独特ー」
「変なコ」
囁き合う女子に少し抵抗を覚える。
でも、香住さんはこういうふうに、ちょっとズレた感覚の持ち主だ。
休み時間ひとりなのも、クラスメイトがあまり話しかけようとしないのもあるだろうが、どこか自分でそれを選んでいるようだし。
「いえ、香住さんは香住さんの解釈でいいんですよ」
先生が女子の様子を見てかフォローをするが、いつもの光景だ。
この日を境に何かが変わるわけでもないだろう。
香住さんはこんなふうに、どこかクラスメイトの誰とも違った雰囲気を醸し出していた。
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