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貴女に捧げる強さと約束
「天神の母、玉女。南地の母、朱咲。我を護り、我を保けよ。我に侍えて行き、某郷里に至れ。杳杳冥冥、我を見、声を聞く者はなく、その情を覩る鬼神なし」
不意の襲撃に対応しきれない。あかりは息を上げながら、必死に祝詞を奏上しては舞い続けた。
「我を喜ぶ者は福し、我を悪む者は殃せらる。百邪鬼賊、我に当う者は亡び、千万人中、我を見る者は喜ぶ」
白く点滅する視界の中で、結月たちも懸命に応戦している様子が見て取れた。
(ここで私が頑張れないと、みんなが……!)
かすむ意識をなんとかつなぎ止め、震えそうになる手足に力をこめる。霊剣が空を切り裂く音がどこか他人事のように遠くの音に感じられた。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
四縦五横に九字を切り、最後に残った力を振り絞って「急々如律令!」と唱えた。途端に赤い光の奔流が辺り一帯を支配する。その光に触れた式神は浄化され、あるべきところに魂魄が還っていく。式神使いは慌ててその場を立ち去った。
そこまで見届けたところで、あかりの意識は完全に途切れた。
「あかり……! よかった、目が覚めた」
「お前また無茶して。バカ!」
「お願いだから心配させるようなことばっかりしないでよ」
「結月、秋、昴……」
あかりが身を起こして障子の向こうを見遣ると、既に空は暗くなっていた。どうやら倒れて半日ほど経ってしまったらしい。
「ごめんね、心配かけて。ってそれより、みんなは平気なの? 怪我してないんだよね?」
戦いの最中で見た光景を思い返す。結月たちに傷ついてほしくなくて、あかりは全力を尽くしたのだ。
「してないよ。けどね、『そんなこと』って何? あかりちゃんはもっと自分の身を大事にして」
怖い顔で諭してくる昴を目にして、彼が本気で怒っているのだとわかった。
怒る昴は怖い。けれども、あかりにも譲れないものがあった。
「でも、私にだって守りたいものがあるんだよ。そのためになら多少の無理なんて大したことじゃない」
「あかり、反省してない」
「ほんとバカだな」
結月と秋之介にも鋭く睨まれた。
「そんなやり方がいつまでも続くわけないでしょ。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないのに、あかりちゃんはそれをわかってないよ」
「だって! できることをやらないでみんなが傷つくのを見てるだけなんて、私、嫌だよ!」
売り言葉に買い言葉で、あかりも感情のままに叫んだ。三人が驚いて口をつぐんだのを隙とみて、あかりは言葉を継いだ。
「みんなが本気で心配して怒ってることはわかってるよ。だけど、私にも信条があるの。私の力は守りたいものを守るためにあるんだから、誰に何と言われようとこれだけは譲れない」
結月は畳の目を見つめ黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……だったら、おれがもっと強くなったら、あかりは無茶しない?」
そこに怒りの色はなかった。代わりに静かで力強い視線があかりを射抜く。
「あかりの信条は変わらないかもしれないけど、それで負担は軽くなる?」
「それは、まあ……」
理論的にはそうだろうと、あかりは曖昧に頷いた。
「だったら、約束してほしい。いつかおれがあかりを守れるくらい強くなったときは、無茶しないでほしいって」
「ええ?」
今だって決して弱いわけではないと思うが。あかりは言い募ろうとしたが、昴と秋之介の声に遮られた。
「賛成。僕たちのお姫様は強いから、情けないことにすぐにとはいかないかもしれないけど」
「俺たちのためを思うなら約束しろよ?」
「もう……わかったよ。約束する」
結局言いくるめられてしまった。しかし、あかりは困ったように、くすぐったそうに笑うのだった。
それから二年が経ったが、あかりの無茶は相変わらずだった。その結果、陰の国の大群相手に力を尽くし、連れ去られるという事態にまで発展してしまった。
己の不甲斐なさに、腹が立つ。結月は固く拳を握りしめた。
(いつも、そう。あかりの強さに追いつけないで、未だに守れもしない)
もう後がない。結月は今日も厳しい修行に明け暮れる。
すべては約束を果たすため。大好きな彼女を今度こそ守るために。
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