赤い狂犬と墓標

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「テメェ死にてぇのかあぁ!?」   「か、勘弁してくだざぃ…が、金はぢゃんと払いますから」 「先月もそう言ってたよなぁあっ?舐めてっとバラして餌にすんぞゴラッ!!」 「アッ!やめ、やめウゴッ!アガッ!?」 ドゴッ!バキッ! 派手なシャツを着た男が地味なスーツを着て地面に這いつくばって頭を守り蹴られ続けている ここは安アパートの一室で 薄っぺらで日焼けにより変色したカーテンが揺れている 足が一本折れて情けなく椅子としての役目が果たせないゴミがあり 血と汗が床に点在していた ガチャリッ… ガタついたドアノブが回り扉が開く たてつけが悪いのかギギギッと嫌な音がする 「あ!どうもお疲れ様です龍司さん」 「ああ、お前たちも連日取り立てしてると聞いてな。近場だから顔を出しにきた」 一人の下っ端が煙草を吸おうとすると冷たい視線に射抜かれる 「あーすんません若頭お嫌いでしたね」 へへへと笑って頬がこそげた男は引き下がる 煙草の匂いは非喫煙者にはすぐバレるから 自分も吸わないが主人の為に服の匂いにも気をつけていた 「テメェちゃんと覚えとけ馬鹿が!」 「す、すんません」 「別にいい。それより…」 静かに床に転がり震える男がいた 「テメェらは外で待ってろ」 先に話しかけてきた派手なシャツの男が手下に言う 手下はすぐに退場した 「わざわざすんません」 「気にするな。それでこいつか?」 龍司は部屋の惨状を見回し そして男に視線を戻す 「はい。昨年の冬ごろ金を貸したんですがここ二、三ヶ月滞納しやがって…それで居所見つけてみたら、龍司さんのおっしゃる通りでした」 「雫様の指示だ」 「た、頼むあんた助けてくれ!!俺はもうとっくに借りた分は返したのにこいつら金ふっかけてきやがったんだ」 龍司の皺一つないスーツに掴み寄る 「ふざけてんじゃねぇぞゴミが!?誰に触ってんのかわかってんのか?」 「アギャッ!?」 スーツの男の顔面横を蹴り上げる部下の男 転がり口から血混じりの唾液と胃液を吐き出す 「もういい…」 「はい!…チッ、調子乗んなよ」 一蹴りして離れる 「時間がない。話してくれ」 「はい!そういえば若頭はどちらで?」 「…今は大学の講義中だ。人はつけている」 「そうでしたか。いつもどおり内緒で抜けたんすね」 「…だから時間がないと言ったろ」 「へへそうでした。若頭はお優しい人だからこんなとこ近づけさせたくないんでしょうに。悪くなりましたね」 そう言って笑う 「揶揄わないでくれ。菊蔵さん」 二人だけなので昔のように話す 幼い頃ただ闇雲に裏の世界にしがみついた時 自分に良くしてくれた男だった 今は共に過ごしていない子供と同い年だからだろうと 龍司は思っていた 「へへ懐かしいな。雫坊ちゃんは昔からクールってやつでしたが、今はすっかり極道者らしくなっちまった」 遠くを見るように話す 龍司は黙っていた 「おっとまた余計な話しちまった。年取ると過去ばかり語ってしゃーねーな」 「まだまたあなたは現役でしょう」 「はは、そんなこと言ってくれんのは龍坊ぐらいだな」 二人は笑みを浮かべる 「やっぱり、分裂しちまうのかねー」 菊蔵は胸ポケットから煙草を取り出そうとしたが思い出し大人しく戻す 「時間の問題かと」 「そうかい…全く、義理だって家族なんのがヤクザだってのになぁ」 しみじみと言う 「しかも血が繋がった同士ですから、殺し合っちまうんだなー」 ほんと救えねぇ世も末だなと続けた 龍司は窓から入る黄昏の暗がりの光を瞳が映す 「全ては決まっていることだ。残るのは一人でいい」 誰にも届くことのない言葉が夕闇に消えた ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫ …… 「ちょっといつまで拗ねてるの仁!ほら次だよ次!」 足を組んで据わっている俺の膝に当たり前のように飛び乗る蓮 「…拗ねてねぇよ」 はぁとため息を吐いて立ち上がる 蓮は器用に飛んで離れた 「…ッ」 ゴトッ ゴローー…… ガタン! ストライク!と明るい文字と軽快な音楽が流れる それと反作用するように仁は人相を悪くしていた 「もうせっかく来たのに拗ねちゃって」 「ですよねーきっと男の子の日何すスよきっと!」 「んなわけねぇだろ!?」 ツッコんでしまった てか男の子の日って何だよ クスクスと蓮と虎徹が俺の向かい側の席で笑う 俺たちは今、ボウリング場に来ていた 遡ること一時間前 「ちょちょちょ!無視っすか!?」 「あぁ!?」 「あぁまじヤンキーオーラパナイっすね!さすが仁の兄貴!」 「誰がヤンキーだコラ」 「そう言う所っス」 奴のデコに軽く頭突きをした 虎徹は額を両手で抑えマジいてぇーと涙目で跳ねていた 「何騒いで…あ、コテっちゃん」 「どうもっス蓮坊ちゃん!お久しぶりっすネェ!」 いえーいと手を叩き合う二人 「で、何騒いでたの?」 「こいつが一人で騒いでたんだよ」 「ち、違うっすよ酷いなぁ。誘ってたんですよー」 俺は無視をしてバイクに乗る 「何に?」 「遊びにっス!」 ビシッと手を腕に伸ばして言った 「遊び?」 「そうですよ!折角時短なんすから遊ばないともったいない!!」 ガッツポーズを構えている 「時短って、テスト期間だよね」 「そうとも言うっス!」 「…赤点取ったら兄さん怖いよ」 「知ってるっス!」 前はやばかったぁーと笑っている 「もちろん仁もね」 「俺が何だよ」 「僕の側近なら赤点なんてあり得ない。って兄さん言うよ?」 「…知るか」 テスト期間前、俺は強制的に勉強をさせられた 一度口にしたことは守るが 勉強はしんどかった せめてもの救いが蓮の教え方が上手いおかげか そこそこできた気がする 「コテっちゃんまた勉強部屋に閉じ込めるかって言ってたなー」 「えっ!?マジっすか…」 青い顔になる 小刻みに震えている なんだ?こえーのか 「今度のは耐久性と防音性高める為に業者入れたって言ってた」 「ひ、ひぇー〜」 地面に膝をついて口元をおさている その様子に俺も他人事ではないと少し引く 事前に雫には連絡で一言 赤点馬鹿はいらない と朝方送られてきた 「えへへ、うっそー!」 俺の後ろにくっつきながら笑う 「ま、マジビビちまったすよーもう冗談やめてくださいよ!折角テストも解放されたのに」 「ごめんごめん」 「いいっスよ!それでみんなでボウリング、いきましょ!ね?」 俺にしがみついてきた虎徹 俺は退かそうと振り払うが 蓮もくっついてバイクに跨っているからうまく払えない 「邪魔だお前」 「ね?行きましょーよーねぇねぇ!」 しつこく叫ぶ このままでは人を呼ばれるかもしれない 俺は仕方なく蓮を見る 一瞬ぽかんとした後 意味を理解したのか 「じゃ行こうか!」 「やったー!さすが蓮坊ちゃん大好きっス!」 そう言って抱きつこうとした虎徹の顔面を殴る ピギャと言って転がるが、すぐに立ち上がった 何気に頑丈なのかもしれない 「あ」 蓮が声を上げた 「どうしちゃいましたか?」 虎徹は自分のバイクであろう派手に改造されたバイクに跨った 「さっきの、兄さんの勉強部屋改造はほんとだよ」 俺はバイクを動かす 後ろから情けない声が聞こえたが 目的地までバイクを走らせた そうして今ボウリングをしていた どこもテスト明けの影響なのか 別の制服を着た生徒が多くいた 「楽しくないっスか?」 「…別に」 俺は初めてボウリングをした 思ったより簡単で つまらなくはない だがいちいちハイタッチときゃんきゃん騒ぐこいつらがうるさく目立っていて居心地が悪い ドリンクバーで取ってきたスプライトを飲む 炭酸が弾ける香料と甘みが広がった 懐かしい感覚だった 思うと蓮の家に来てから健康的すぎる生活をしている 生臭くカビの匂いがする硬い床で寝る必要のない生活は 確かに捨て難く どうしても一緒に寝たいと最初ごねられ仕方なくそのまま寝ている現状にも 慣れてしまっていた 「僕、トイレ行ってきますね」 「あ、場所わかるっすか?案内しますよ」 「大丈夫大丈夫!ついでに飲み物持ってくるね」 トコトコとかけて行った … 一気に静かになる 他の奴らの投げる姿を何となく見ていて視線を動かすと 虎徹が冷たい視線を寄越していた 「…なんだよ文句あんのか」 ぶっきらぼうに言う 俺だってわざわざこんなとこに来てやってんだ 「あるっすね」 平坦な声でいつもの高低混じりの騒がしい声ではなかった 「は?」 「折角蓮坊ちゃんと遊びに来てんのに、つまんなそーにすんの、ありえねぇーす」 虎徹は目の前にあるコーラをストローなしでごくごくと飲んだ ガラスを水滴が流れる 「別に、つまんねーわけじゃねぇよ」 ただこんな普通に遊んだりすんのが初めてだから なんだか気恥ずかしかった 「なら楽しそうにするっス」 「べつにいーだろそんなこと」 「よくねーから言ってんだよ」 ドスが効いた声だった 思わず見つめる 顔はまさに、オモテの人間でできる表情じゃなかった 「へぇ…テメェもそんな顔できんだな」 「これでもヤクザの下っ端ですからね。てかそーじゃねぇっす!」 また元に戻った 「何がいいテェんだよ」 「蓮坊ちゃんが心から楽しめないんすよそのままじゃ」 どういうことだよ?カンケぇなくねぇか? 俺は考える 蓮ははしゃいでいた 物珍しそうに普段より子供らしく… 「…あいつ、初めてなのか?」 「そうっスよ。遊び自体が」 そう知らされた 遊びが初めて? 「だってあいつは…」 「そうっすね人気者ですよかわいーですし頭もいい。だけど人を寄せ付けないんス」 「何でだよ。あのファンクラブのことか?」 「それもあるっス。それだけじゃなくて蓮坊ちゃん自身が避けてるんス。ヤクザと関わったら迷惑をかけちまうとか、知られたら拒絶されることがわかるから、最初から求めてないんです」 口に含んだ氷を噛み砕いている ガリガリ、ガリガリと 「以前、まだ母親がいた時は働く母のいない狭いアパートの一室で一人で家事をしながら小学生の時を過ごしてたっス」 ストローでくるくるとコーラを混ぜる 炭酸が虚しく弾ける 「その後最上組の頭が雫さんのお母様が亡くなられる少し前に公表され、あの家に母子共に連れてこられたんス」 俺は驚愕の事実に固まる あいつがそんなものを抱えていたなんて 母親が事故で亡くなったとしか聞かされてなかった それで、雫の母親も亡くなった? 何があったんだ… 只事じゃねーと最初から感じたが その暗がりが少し、垣間見えた気がした 「知らなかったスよね」 「知らねーよ、そんなこと」 苛立ちを隠さずグラスを机に置く 中身が溢れた それを黙って虎徹は拭く その事すら腹が立った 「何も知らないんスね」 「あぁ!?」 奴の首元を掴んで立ち上がる 身長差で虎徹爪先立ちで苦しそうな顔をしていたが 止まらなかった 「わりーかよ!何も知らされてねぇ事ぐらいわかってんだよ!どいつもこいつも腹に隠しやがって気持ち悪りぃ」 「そう、スね。その通りっす」 「だけど俺はそれでも、信用されなくてもあいつを守りてぇて思っちまったんだから仕方ねーんだ」 情けなく、本音を吐露する 他のやつにはいえない事だった 俺より強く優秀な龍司 賢く俺より信頼され権力もある雫 そして蓮を追い詰めるあいつら そいつらの中で一番力がないのは 俺だった その事実が何よりも悔しくてムカついた 守りたいと思って初めて知った怒りだった 「なんで、あんたが諦めんスか。やっぱ、俺より馬鹿っすね」 苦しいのにわざとらしく笑う虎徹 それをみて俺力を抜く 「うるせぇ…」 わかってんだよ。俺が一番そんな事… 「…蓮坊ちゃん笑うんすよ」 「は?当たり前だろ」 解放された虎徹が椅子にどかっと座る コーラを飲むがもう中身がないようだ 「わかってないっすね」 鼻で笑われる 「あんたの前だから笑ってるんす。心から」 そんなことを告げる 確かに、最初はわざとらしく笑っていた だが俺の前だけってわけじゃ 「蓮坊ちゃんの母親亡くなってから、笑わなくなったんすよ。それでもあの家っすから、笑って自分は大丈夫だと知らしめないと居場所がないんス」 俺は拳を握る 「葬式に俺はいたっス。つっても内々ので頭と雫さんと龍司さん、あとは一部の式を準備した俺らっス」 こいつは、確かに俺よりよっぽど近くで見てきたらしい 「泣いてなかったっス。ずっと棺桶の母親を見つめて、むしろ心配してる雫さんの方が可哀想なくらいで、龍司さんもさらに黙っちゃって…」 思い出すように上を向いて氷を齧る 「火葬場で遺体を焼いているときも不気味なぐらい静かで、本当に自分の親が死んだのかこっちが疑うぐらいでしたね」 「そして、納骨して雫さんたちと俺らで自宅で掃除したり手続きしてたりしてたとき、俺がたまたま母親の部屋の前通ったとき障子が少し開いていて、つい魔が差して見ちまったんス」 「袋に入った骨壷抱えて、声を殺して泣いてるのを」 絶句した 子供がそこまで人に隠れて耐えられるものなのか どんな気持ちで、どんな悲しみの中であいつは生きてきたんだ 「亡くなったとき同じ車内の中で蓮坊ちゃんを守るように息絶えてたらしい。体には数発の弾丸が入っていた」 「どうゆう事だよ!?」 「聞いてないんすね。襲撃されたんすよ。しかも囮にされて外部の犯行に見せかけた、内部の手のものによって」 その事実はあまりにも残酷だった 片親の苦しいながらもささやかな幸福の日常を勝手な都合で奪われて 「囮って…」 「あくまで噂っす。大病を患っていた雫さんのお母様が一時帰宅できると言う話になった際たまたま見舞いに来ていたお二人が乗った車が襲われたんス。その日本当は雫さんとお母様がその車に乗る予定だったんスけど、具合が悪いと先に乗せたらしいっス」 それでそんな話になったのか 事故なのか、あの雫がそんなことをする…のかもしれない 俺は何も知らないからそう決めつけることもできなかった だが時々不慣れながらも兄さんと呼び微笑む蓮は慕っているように見えた 雫も淡々としているが気を配っているように見える その証拠が龍司をよく使って世話を焼いていたからだ 何が本当で、何が嘘なのか俺にはわからなくなった … 「だからあんただけは本物になんなきゃならないんス」 「本物?」 「本物の、蓮坊ちゃんの信じられる裏切らない味方に」 真剣な表情だった 「…言われなくても、最初からそのつもりだ」 それだけは、確かなものだった 「それならいいっす」 ズコーと汚い音を出して中身をストローで吸う 「勝手にペラペラ言っちゃったから、これオフレコで」 「はっ、弱みができたな」 「酷いっすよ喋ったって言わないでくださいよ!特に雫さんたち」 「どーすっかね。ちなみにバラしたらどうなるんだ」 「俺が殺されるってス」 「ならいいか」 「マジ鬼っす!?」 ギャーギャーと喚く虎徹 「てか蓮坊ちゃん遅くねーっすか?」 チラッと俺を見る はぁ… 「へへっ、いってらっしゃい」 俺は黙って蓮を探しに行った 「ふーんお似合いの二人っすね〜」 そう言って虎徹は仁の薄まったスプライトを 直接ガブ飲みした
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