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宇宙は膨張しているらしい。
膨張宇宙論。実証したのは、アメリカの天文学者、エドウィン・ハッブル。
かの有名なビックバンから、宇宙の膨張はゆるやかに続いている。現在も。
わたしのなかにも宇宙がある。ほんものの宇宙とは真逆で、ゼロの状態から、ゆるやかに、ゆるやかに。
膨張し続けて、いつか、しゃぼんがはじけるように爆ぜて。
わたしの体ごと、消えてしまうのかな。
朝起きたら人間になっていますようにと祈りながら眠りにつくのが、わたしの日課。
目覚ましより先に、蝉の鳴く声。夏の地球は早起きだ。非遮光カーテンに、サーチライトで照らしたような白い光。
むくり。起きあがる。ぺとぺと、顏をさわる。首、腕も。
こんなに暑いのに、汗は一滴もかいていない。人間は体温が上がりすぎないよう、汗をかいて体を冷やせるらしいけど、わたしにはその機能がない。
きょうも人間になれなかった。きちんと自覚して、ベッドを出る。姿見の前に立って、被せてある布をめくった。
左だけ長い前髪。人間の死体より白いはだ。ドーベルマンみたくとがった耳。さそり座のしっぽのようにまがる指。
前髪をかきわける。左のまぶたに収納された目の玉は、きょうも真っ黒。白目の部分がない。
はあ。ため息がもれる。
きょうも、人間になれなかった。
半分がエイリアンだからといって、いじめられた経験は一度もない。
みんな、わたしを怖がっていじめることもできない。映画や漫画の影響が大きすぎて、エイリアン=凶悪という方程式が人間のなかに深く根づいているらしい。
四月の入学式でも、校舎に足を踏み入れて感じたのは、小学校、中学校のときとおなじ。奇異なものに向けられる視線。
だれもわるくない。わたしだって、わたしみたいなのが目の前から歩いてきたら、じろじろ見ちゃうもの。ぎょっとするし、怖いなって思う。
高校生になって初めての夏も、わたしの視界には前髪が半分被さった真っ黒な世界が広がっている。
はよー。教室の入口からまのびした声がきこえてくる。
はっと視線をあげた。
市ヶ谷朔くん。クラスメイトの男の子で、人間。
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