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 山田さん。  男の子の声でよばれたので、つい市ヶ谷くんだと思ってしまった。  振り返ると、見知らぬ男の子。たぶん、人間。  前髪を目に被せ直しながら、はい、と返事をする。 「きょう、放課後、時間もらえる?」 「はい?」 「音楽室に来てほしい。吹奏楽部、休みだから」  わたしが返事をする前に、彼は名前も告げずさっさと行ってしまった。  けっきょく放課後、音楽室まで来ていた。  行こうかどうしようか。悩んだけれど、用件が気になる。一度もしゃべったことのない男の子が、わたしになんの用だろう。  こういうときはふつう、愛の告白だったらどうしよう、なんて考えるのかもしれない。  だけど、わたしの場合はちがう。  とびらをあけて、教室の中にたくさんのひとが待ちかまえていたらどうしよう。おかあさんが心配したとおり、いじめられたりしたら。  意をけっして、とびらをあける。心のなかで、市ヶ谷くんの名前をよんだ。  中で待っていたのは、ちゃんと彼ひとりだった。 「来てくれてありがとう」 「い、いえ」 「ぼくのこと、知ってる?」 「すみません」 「だよね。クラスもちがうし、話したこと、ないし」  そんなひとが、いったいわたしになんの用だろうか。 「それで、わたしに用って」 「山田さん」わたしの言葉をさえぎって、彼がいう。「じつはぼくたち、仲間なんだ」  いわれた言葉の意味がわからなくて、ぽかんとする。  リムレスメガネに覆われた目が細められる。さらりとした黒髪が、窓から吹くなまぬるい風にくすぐられた。 「ぼくも、エイリアンなんだ」  え、と発音するより早く、彼はリムレスメガネを外した。  彼のきめこまやかなおでこが、メキメキと音をたててひび割れていく。  赤い肉と肉のあいだから、無機質なメタリックカラーの本体が顏を出して。  人間の皮膚が地球の重力に負けて、でろんとしなだれた。  うっ、と口をおさえる。  彼は、しゅるしゅると人間のかたちに戻った。 「ごめんごめん。気色わるかった? でも、きみのおかあさんも完全体でしょ?」 「おかあさんのは、見たことなくて」  平静を装うも、声も手も足も震えてしまっている。  完全体の姿って、こんなにグロテスクなんだ。おかあさんも、あの人間の皮を剥いだら、ああなるんだ。  薄闇のキッチンで、にっこり笑うおかあさん。  背筋が、ぞっとした。
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