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「ははっ。そういうとき漫画のヒーローなら、きっとなれるよ、っていうんだよ」
「そうなのか? だって、ほんとに知んねえもん」
市ヶ谷くんは、まゆじりをへなっと下げて笑うのがくせみたい。
真似をして、おなじように笑ってみる。
白いはだの奥が、神経をくすぐられたみたいにかゆくなった。
メッセージアプリの友だち欄にあるKei Igarashiの文字をもう一度見てから、スマホをとじた。
連絡先を交換するなんて、初めて。昨日きた、「あした、いっしょに昼食わない?」のメッセージを、何度も読み返してしまう。
待ち合わせ場所は、最初に会った音楽室。
五十嵐くんは、吹奏楽部らしい。市ヶ谷くんがいっていた。
どの楽器を弾いているかはわからない。きょう、本人にきいたら教えるね。そういったら、よろこんでくれた。
少し緊張しながら、とびらをあける。
五十嵐くんは、すでに待っていた。机にかじりついて、どうやら勉強をしている。
こんにちは。いいながら近づいていくと、五十嵐くんは参考書から顔をあげた。
「あ、こんにちは」
「五十嵐くん、勉強してるの?」
「うん。今度のテストで、三番以内には入りたくて」
参考書をとじながら、そうこたえる。
すごいな。努力家なんだ。
わたしまで、なんだか誇らしい。
「五十嵐くんは、夢、とか、ある?」
お弁当を広げながら、そんなふうにきいてみる。
「夢? うーん。とくにないけど、いい大学入って、いい企業に就職したい」
「な、なるほど」
「ミラは? なにか夢があるの?」
ほんとうは、この返しを待っていたのかもしれない。
わたしは、持ってきていたノートを取り出そうとした。
「じ、じつはね、わたし、漫画を描いてて」
市ヶ谷くんがほめてくれた漫画。わたしの、だいじな一部。
それを、五十嵐くんにも共有したくて。五十嵐くんも、ほめてくれるんじゃないかって。
思った。思って、しまった。
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