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市ヶ谷くんと早見さん、ついにつき合ったんだって。
そのうわさは、彗星のごとく校内を駆け巡った。
早見さんが告白したらしい。バレバレだったよね。市ヶ谷くんも、やっぱり早見さんのことすきだったんだね。なんだかドラマみたい。
篠突く雨のように刺してくる、クラスメイトたちのうわさばなし。
しゃー、しゃー。シャープペンの線が、ノートの上でゆがむ。
はよー。市ヶ谷くんが教室に入ってくる。うわさばなしがぴたりとやむ。ひまわりに群がる、陽気なミツバチたち。
あんなにききたかった市ヶ谷くんの声。ひと音ひと音胸に突き刺さって、痛い。
楽しそうであればあるほどつらくて、そんな自分がいやになる。
線が、ゆがむどころかぐにゃぐにゃまがって見える。
線がゆがんでるんじゃ、ない。
視界がゆがんでるんだ。
あわてて席を立つ。逃げるようにして、教室を出る。
息ができるところまで行かなくちゃ。早く、早く。
廊下の角をまがったら、だれかの肩にぶつかった。その拍子に、ノートもシャープペンも勢いよく散らばる。
「ごめんなさいっ」
あわててしゃがんで、シャープペンを拾う。
おとうさんがくれた、最後のプレゼント。絵も勉強もがんばりなさいって。そういってくれた、最後の。
だから、ノートは後回しにした。してしまった。
へんなふうにまがった指が拾い上げる前に、きれいな直線の指がそれを拾い上げる。
早見さんだった。
しまった、と思ったときには、もう遅かった。
ノートは落ちた拍子にひらいてしまっていて、そこにはひまわりの笑顔が広がっている。
早見さんは、しばらくぼうぜんと絵を見下ろしていた。それから、ふ、と小さく笑う。
「じょうずだね」
しおれたガーベラ。どこかかなしげな、そんな表情。
かわいそうに。なんだか、そういわれた気がした。
ふんだくるようにしてノートを受け取る。
走って、走って、走って。
気づいたら、体育倉庫の裏にいた。
こんなに走って、暑くて、心臓もばくばくしているのに。それでもわたしの体は、汗をかけない。
梢の影が揺れるコンクリート。そこに、膝からくずおれる。
息を整えてから、のろのろとノートをひらく。白のまぶしさが、いっきに目を突き刺してきた。
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