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体育倉庫の裏には行かなくなった。
たぶん、市ヶ谷くんももう行ってない。だって、早見さんとおつき合いしたんだから。
いっしょにいたいひとが、ほかにいるんだから。わざわざお昼休みに、わたしになんて会いに来るはず、ない。
「あ、山田さん」
ぽっと、花が咲いたような声。よびとめられて、神経がこわばる。
駆け寄ってくると、市ヶ谷くんは身をかがめて小声で耳打ちした。
「さいきん、あそこ来ないね? やっぱり暑いから?」
それをきいて、少なからずおどろく。
市ヶ谷くん、まだ行ってたんだ。
ざらざら。お砂糖が胸にこぼれたようにあまくなる。
だけどすぐに、しおれたガーベラの目を思い出した。
うん。そうなの。暑くて、とても外にいられなくて。だから、ごめんね。
そういって、ごまかせばいいのに。
そういってしまったら、素直な市ヶ谷くんは、そっか、じゃあしかたないね、って。あっさり立ち去ってしまう。
いかないで。
いかないで。市ヶ谷くん。
「だって、わたしたち、ちがうから」
きこえるかきこえないかくらいの声量。
だけど、市ヶ谷くんはそれを、ひとつ残らず掬いあげてくれた。
「ちがう? おれと山田さんが?」
「…………」
「ちがうって、なにがちがうんだ?」
「…………」
「山田さん? どうかした?」
首をふる。大きく。
わたし、市ヶ谷くんにこんな顔、させたかったんだっけ。
わたし、市ヶ谷くんのひまわりみたいに笑うところ、すきだったのに。
ぱっと顏をあげる。笑顔をつくるって、むつかしい。
「ごめん。そうなの。さいきん暑くて。とても外にいられなくて」
「…………」
「だから、あの、ごめ――」
「山田さん」
ぴしゃり。さえぎられて、体がびくつく。
市ヶ谷くんは、怖いくらいに真剣な顏をしていた。
「ごめん。おれ、そういうのうまく察せない。でも、ちゃんと話してくれたらわかるから」
まっすぐにみつめてくる、市ヶ谷くんの漆黒の目。
市ヶ谷くんの目のほうが、宇宙みたい。吸いこまれそう。
「だから、おしえて」
市ヶ谷くんの顏が、ぶわぶわたゆんでいく。
「ひとりで泣かないで」
ひとりきりで泣いたときとは、ちがう温度のなみだ。
宇宙からぼろぼろ、すべり落ちた。
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