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「……朔」
「へ?」
頬杖をといて、市ヶ谷くんが戸惑ったような顏をする。
「あ、いや、ごめん。その、名前をよんだわけじゃ、なくて」
「あ、ああ。そう」
とつぜん名前をよばれて、おどろいたみたいだ。心なしか頬が赤い。
「わたし、あの、エイリアンだからかな。星とか月が、すきで」こっちまで照れくさくなって、早口になる。「朔って、月の名前なんだよ。月と太陽がおなじ方向にあって、地球からは見ることができない月のことを、朔っていうの」
市ヶ谷くんが、感心したように、へえっ、と声をあげる。
「そうなのか。そういわれてみれば、漢字に月が入ってるな」
八朔の朔だと思ってた。ほら、おれ食いしんぼうだから。いつもの市ヶ谷くんらしく、そんなことをつけ足す。
「だから、市ヶ谷くんにも、みんなからみえない部分、あっていいと思う」
満開のひまわりも、咲くことに疲れてひっそり眠るひまわりも。
「どんな市ヶ谷くんも、市ヶ谷くんのたいせつな一部でしょ?」
ゆるくたわむ唇。海のうわずみみたいな、やさしい色の瞳。
「山田さんの居場所。おれがなれたらいいのに」
市ヶ谷くんの声が、鼓膜に浸透する。
狂ったような蝉の声も、おとうさんの笑い声も、五十嵐くんの言葉も、おかあさんの泣き声も。
ほろほろ、ぜんぶ溶かしていった。
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