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膨張する宇宙。
ぱんぱんに膨らんで、抱えきれない。息ができない。
わたしの異変に気づいたのか、市ヶ谷くんが早足で駆け寄ってくる。
おかあさんが、さらに口をひらこうとした。
「やめてっ」
ぱん。
わたしのなかで、なにかが爆ぜる音をきく。
しんとする廊下。視界に映る、ぜんぶの動きがとまる。
「おかあさん。おねがい。わたしのことを、そんなふうに謝らないで」
おかあさんが目を瞠る。
「わたし、だれに嗤われてもいい。憐れまれてもいい。おかあさんに、かわいそうな子って思われてても。かなしいけど、それでもいい。
だけど、わたしの前で、わたしをかわいそうって、いわないで。だってわたし、かわいそうじゃない。おかあさんが思ってるほど、わたし、かわいそうじゃないの」
前髪をあげる。おかあさんに、隠しなさいっていわれた目。市ヶ谷くんが、宇宙みたいできれいっていってくれた目。
両目でみる校内は、大きくて、広くて、怖い。たくさんの視線と、空気がみえる。
だけど、両目で真正面から見る市ヶ谷くんは、はっとするほどうつくしい。凛と太陽に向かってのびる、大輪のひまわり。
「この目ね、だいすきなひとが、宇宙みたいできれいって、ほめてくれたの。それからわたし、この目をみるのが、ほんの少し、すきになった。そういう言葉をかけてくれるひとが、わたしのそばにはいるの。
わたし、わたしは、わたしのなかに、そういう言葉だけ、ためていきたい。もっともっと、自分をすきになりたいから。おかあさんが、友だちが、たいせつにしてくれてるわたしのこと、もっともっと、すきになりたい」
じわじわひらいていく、ひまわりの花。
市ヶ谷くんが笑ってくれるだけで、わたし。
「だから、そのじゃまをしないで。だいすきなおかあさんが、それをしないで。わたし、わたしは、わたしをもっと、すきになれるんだからっ」
しゅーしゅー。宇宙が煙をあげる。爆ぜて、しぼんで。胸が、軽くなる。
ぐわっと伸びてくる、大きな手。
がしっと頭の上にのって、そのままぐしゃぐしゃなでられた。
「よくいえたな」
流れ星のようにふる、やさしい声。
「えらい、えらい」
流星群みたいに、なみだが落ちる。
「おれも、山田さんがすきだよ」
よくいえたな、えらいえらい、いい子いい子。
市ヶ谷くんのぬくもりがあたたかくて、うわあああん、って。子どもみたいに泣いた。おとうさんの前でも、おかあさんの前でも、こんなふうに泣いたこと、ない。
市ヶ谷くん。市ヶ谷くん。
わたし、初めての恋が市ヶ谷くんで、ほんとうによかった。
「市ヶ谷くん、ごめんね」
市ヶ谷くんが、きょとんとする。ほんとうにわからないときにする顏。
そうか。ちがう。そうじゃ、なくて。
「ありがとう」
そういうと、市ヶ谷くんはやっぱり、ひまわりが咲くみたいに笑った。
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