59人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
「早見さんに、こく、告白されたって」
なんてことないふうにいおうとして、失敗する。
市ヶ谷くんは、ああ、と、少しおどろいてみせた。
「よく知ってんね」
「だって、うわさになってたし。ふたりが、つ、つき合ったって」
「あー、それなあ。それには優里もおどろいてた。ほんと、なんでそんなうそがながれんだ?」
まゆをぎゅっとしかめて、市ヶ谷くんは首をかしぐ。
つき合ったというのが誤報だということも、あっというまに校内を巡った。
どうやら、告白の現場で抱き合ったようにみえたのが、ほんとは抱き合っていたんじゃなく、ふられて泣いた早見さんを市ヶ谷くんがなぐさめていたんだとか。
しょげたガーベラのような目をしていた早見さん。もしかしたら、わたしの絵をみて憐れんだのではなく、ふられたことを思い出して、胸を痛めただけだったのかもしれない。
「恋って、どういうんだろうな」
「恋かあ」
市ヶ谷くんをモデルにしたヒーローの髪を描き足していく。ふわふわにすると見せたときにバレそうだから、真逆の直毛に修正した。
「楽しいこともうれしいこともたくさんあるけど、そればっかりじゃないよね。胸が苦しくて、たまらないってときもある」
「胸が苦しい?」
「うん。でも、それ以上のなにか、勇気とか、愛情とか。醜さ、なんかも。恋じゃないと芽生えない、とくべつな感情が、きっとあるんだと思う」
市ヶ谷くんに恋をして、わたしはわたしの世界を変えた。これからもきっと、そうなんだろう。
世界が変わる、なんて。未知で、すごく怖いけど。冒険に出る前の晩のような、わくわくもある。恋ってふしぎ。
胸が苦しいかあ。市ヶ谷くんはいう。
「胸が苦しいなんて、おれ、とんかつの食いすぎでしかなったことない」
「とんかつの食べすぎ」
口に出して、ふふ、少し笑っちゃう。なんだか市ヶ谷くんらしい。
ふと、市ヶ谷くんが黙りこんだので、ふしぎに思って手をとめる。
市ヶ谷くんが、あながあきそうなくらいわたしをみつめていて、ぎょっとした。
「なっ、なにっ?」
「なんで知ってんの?」
「へ?」
「恋が苦しいもんだって。なんで、山田さんは知ってんの?」
「えっ。あー、いや、それはっ、そのー」
最初のコメントを投稿しよう!