58人が本棚に入れています
本棚に追加
「すげえ。山田さん、漫画描けんの?」
「…………」
「それ、漫画だろ?」
「…………」
「あれ? 山田さーん」
フリーズしていた意識が戻る。
あわててノートをとじた。
市ヶ谷くんが、あ、わり、という。
「もしかして、見ちゃいけなかった?」
「えっ。あ、いや。そういうわけじゃ」
ない、んだけど。声がしりすぼみになる。
わたしがもにょもにょしているうちに、市ヶ谷くんはわたしのとなりに腰かけた。
え、座るの? 行かないの?
急いでヘアピンを外す。ささと左目を隠して、まくっていた袖もぐいぐいひっぱった。
「きょうもあっちーね」
ワイシャツの襟元をぱたぱた。ソーダアイスをしゃくしゃく。あまい、冷たいにおい。
市ヶ谷くんがとなりにいることが、信じられない。
市ヶ谷くんは、入学早々、クラスどころか学年じゅうの人気者になった。
なにかとくべつなことをしたわけじゃないのに(わたしの知るところでは、だけど)市ヶ谷くんはやたらと目立った。身長も高いし顔立ちも整っていて、人間の女の子がいう、いわゆる「イケメン」だから、いるだけで目立つんだろう。
明朗快活、スポーツ万能、勉強はふつう、くらいみたいだけど。彼をとりまく空気は、いつも星がまたたくようにきらきらしている。
かくいうわたしも、そんな彼にあこがれているうちのひとり。
「下描きの段階で、そんなうまく描けるもんなんだな」
「いや、そんな。ぜんぜん」
「もしかして、山田さんプロなの?」
「いやいやまさか。そんな。ぜんぜん」
語彙力が死んでる。「いや」か「そんな」か「ぜんぜん」しかいってない。
「なんでこんなあっちーなか、外で描いてんの?」
べろり、指をなめながら市ヶ谷くんはいう。アイスが溶けるのが早くて、手に垂れてしまったみたいだ。
わたし、ティッシュ持ってる。
だけど、わたしのティッシュなんて、使うのいやかな。
人間の、男の子の手。初めてこんな、間近でみる。ごつごつして、ぼこぼこ。
最初のコメントを投稿しよう!