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「すげえ。山田さん、漫画描けんの?」 「…………」 「それ、漫画だろ?」 「…………」 「あれ? 山田さーん」  フリーズしていた意識が戻る。  あわててノートをとじた。  市ヶ谷くんが、あ、わり、という。 「もしかして、見ちゃいけなかった?」 「えっ。あ、いや。そういうわけじゃ」  ない、んだけど。声がしりすぼみになる。  わたしがもにょもにょしているうちに、市ヶ谷くんはわたしのとなりに腰かけた。  え、座るの? 行かないの?  急いでヘアピンを外す。ささと左目を隠して、まくっていた袖もぐいぐいひっぱった。 「きょうもあっちーね」  ワイシャツの襟元をぱたぱた。ソーダアイスをしゃくしゃく。あまい、冷たいにおい。  市ヶ谷くんがとなりにいることが、信じられない。  市ヶ谷くんは、入学早々、クラスどころか学年じゅうの人気者になった。  なにかとくべつなことをしたわけじゃないのに(わたしの知るところでは、だけど)市ヶ谷くんはやたらと目立った。身長も高いし顔立ちも整っていて、人間の女の子がいう、いわゆる「イケメン」だから、いるだけで目立つんだろう。  明朗快活、スポーツ万能、勉強はふつう、くらいみたいだけど。彼をとりまく空気は、いつも星がまたたくようにきらきらしている。  かくいうわたしも、そんな彼にあこがれているうちのひとり。 「下描きの段階で、そんなうまく描けるもんなんだな」 「いや、そんな。ぜんぜん」 「もしかして、山田さんプロなの?」 「いやいやまさか。そんな。ぜんぜん」  語彙力が死んでる。「いや」か「そんな」か「ぜんぜん」しかいってない。 「なんでこんなあっちーなか、外で描いてんの?」  べろり、指をなめながら市ヶ谷くんはいう。アイスが溶けるのが早くて、手に垂れてしまったみたいだ。  わたし、ティッシュ持ってる。  だけど、わたしのティッシュなんて、使うのいやかな。  人間の、男の子の手。初めてこんな、間近でみる。ごつごつして、ぼこぼこ。
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