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「きょ、教室だと、髪がじゃまで」 「え? どういうこと?」 「あ、え、と。教室だと、ヘアピン、使ってないから」 「教室だと使えねえのか?」 「あ、い、いや。使えない、っていうか、あの、えーっと」  おかあさん以外のひとと話したの、ひさしぶり。うまく言葉がでてこない。しかも、相手はあの市ヶ谷くん。  だけど、市ヶ谷くんは急かすことなく、まったりとわたしの返事を待ってくれている。  呼吸が整ったタイミングで、いった。 「左目が、その、みんなと、ちがうから」 「みんなとちがう?」 「あ、わたし、その、は、半分、エ、エイリアンで」 「いや、それは知ってるけど。気になるの?」 「…………」  気になるに、きまってる。  だけど、どうして? ってきかれたら。どうこたえていいかわからない。  市ヶ谷くんが、ううん、とうなりながら、空を見上げる。  わたしは、所在なげに地面をみつめた。きょうも蟻が一生けんめい。 「あのさ」 「はっ、はい」 「いやだったら、いいんだけど」 「は、はい」  市ヶ谷くんは、じっとわたしをみつめてきた。白目がちゃんとある、人間の目。  心臓が、親指と人差し指でつままれたみたいに、痛い。 「見せてくんない?」 「え?」 「左目」  とつぜんの申し出に、心臓がかたまる。 「あの、えー、っと」 「隠してるくらいだもんな。いやだったらほんと」 「あ、ううん。いや、っていうわけじゃ、ないんだけど。あんまり、その」指を、ぎゅっと折りたたむ。「見ていて、気持ちのいいものでは、ないと思うから」  市ヶ谷くんは、なにもこたえない。  かわりに、右手をそっとのばしてきた。骨ばった、男の子の手。市ヶ谷くんの、手。 「いやだったらいって」  わ、わ。  すぐそこに、市ヶ谷くんの顏。目を逸らしたいのに、逸らせない。  あんなにうるさかった蝉の声が遠くなって、自分の心臓の音しかきこえない。  市ヶ谷くんの指先が、前髪にふれる。わたしの反応をみながら、繊細な手つきでかきわけた。  広がっていく世界。怖い。怖い。  市ヶ谷くんに気持ちわるいって思われたら、どうしよう。
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