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朝起きたら人間になっていますようにと祈りながら眠りにつくのがわたしの日課なのに、昨日、祈り忘れてしまった気がする。
迫ってくる骨ばった手。キスしてしまいそうな距離にある市ヶ谷くんの顏。笑う、ひまわり。
目をつむると、あの光景がありありと思い出されて。お布団のなかで悶えていたら、いつのまにか眠ってしまっていた。
むくり。起きあがって、きょうもぺとぺと、顏をさわる。首、腕。もちろん、汗はかいていない。きょうも、人間にはなれていない。
ベッドを出る。姿見の前に立って、被せてある布をめくる。
左目を覆う前髪。人間の死体より白いはだ。ドーベルマンのとがった耳。指は、さそり座のしっぽ。
前髪をかきわける。左のまぶたに収納された目の玉をみて、つぶやいた。
「宇宙」
朝のあいさつとともにリビングに入ると、おかあさんがちょうどテーブルに朝食を並べ終えたあとだった。
「おはよう、ミラちゃん。おかあさん、きょう早番だから。早めに出るわね」
わかった。こたえながら席につく。
「学校はどう? 楽しい?」
食卓につくなり、おかあさんはそうきいてきた。
こわごわ、って感じのおかあさんのこの視線が、わたしは少し苦手。
「うん。楽しいよ」
目をふせて、小さくこたえる。
「ほんと? お友だちできた?」
市ヶ谷くんの顏がうかぶ。
つい、うなずいてしまった。
「あら! どんな子なの?」
「え? えーっと、あかるくて、クラスの人気者」
「そう! よかったあ! 今度おうちに連れてらっしゃいね」
「うん。わかった」
「ほんと、ミラちゃんが楽しそうで安心したわ。目を隠したのは、やっぱり正解だったわね」
パンが喉につかえる。うまく飲みこめなくて、牛乳を口にふくんだ。
「あ、ちがうのよ。ミラちゃん。おかあさんはミラちゃんの目、すきなの。とうぜんでしょ? だって母親だもの」
「……ありがとう」
「だけど、みんながみんなそうとはかぎらないじゃない。おかあさん、心配なの。ミラちゃんが、学校で、その、いやな思いをしないか」
ほんとうは、いじめられたりしないか、っていいたかったんだと思う。
「クラスの子たちにはなるべく見せないようにね。ミラちゃん」
「……うん。わかってるよ」
昨日、クラスのお友だちに、宇宙みたいにきれいだ、っていわれたと伝えたら。
おかあさん、なんていうんだろう。
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