59人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
「ミラちゃんにはほんとにわるいと思ってるわ。おかあさんのせいでつらい思いさせて」
「……ははっ、おかあさん。またその話?」
「だってそうじゃない。ハーフだから人間に化けることもできないし。おかあさんのせいで、ミラちゃんにはいつもつらい思いを」
「ほらほら、きょう早番でしょ? 遅刻しちゃうよ」
あらやだ、いけない。掛け時計を見上げて、おかあさんが席を立つ。
ほっと、肩の力をぬいた。
おかあさんが家を出たあと、二人分の食器を洗いながらぼんやり考える。
わたしのエイリアンの血は、おかあさんから受け継いでいる。人間は、おとうさんの。
おかあさんはハーフじゃない。完全なエイリアン。だから、見た目は完全に人間。
完全体のエイリアンは、人間に化けられる。わたしはハーフだから、それができない。どうやら、化けるには力が足りないらしい。
おかあさんが子どものころ、UFOという歌が流行った。
その歌を起用したCMがあって、宇宙人であることを隠して人間の女のひととつき合っているという、わたしたちにとってはセンシティブな内容。
CMがテレビで流れるたび、おかあさんの両親、おじいちゃんとおばあちゃんは、さりげなくチャンネルを替えていたとか。
おかあさんは、自分がエイリアンだということを隠して、おとうさんと結婚した。
だから、結婚当初、食卓であのCMが懐かし映像として流れるたび、まるで逃走している犯罪者のような気分だったと、おかあさんはしきりに語った。
だから、よかったのよ。こうなって。いつまでもあんな精神状態でいたら、おかあさん、まいっちゃってたかもしれない。だから、ミラちゃんのおかげ。ほんと、そうなのよ。
折にふれて、おかあさんはよくそういった。なにもきいてないのに、先回りして。
おとうさんにおかあさんの正体がバレたのは、わたしのせい。いわずもがな、産まれてきた赤ん坊の容貌でわかってしまったのだ。
しばらくして両親は離婚。おとうさんは親権争いをすることもなく、静かにわたしたちのもとを去っていった。
きゅっ。蛇口をひねる。
心臓まで、ひねられたみたい。
最初のコメントを投稿しよう!