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「心配しなくても、一生黙認していろとは言わない。我慢が限界に達したのなら、葬り去ればいい」
「……」
「え……」
暗に伝える、殺害の促し。思考が停止したかのように、来栖紗良と日下部は、硬直した。
愕然に、支配されている。その様が、俺を昂らせる。柔和な笑みが、満足げな、歪んだ笑みに変わっていくのを自覚する。
「なっ……」
先に我に返ったのは、日下部だった。抱いている好意は歪んでいても、殺害を許容できないのか、死を想像してしまったのか、体が大きく震えていた。
「何、言ってるの……。僕は、紗良ちゃんに……」
「手をかけられるのは本望、じゃないのか」
「違うよ……。違う」
死を払拭するように、日下部が小さく首を横に振る。
来栖紗良に殺されたくない。来栖紗良と恋人になりたい。そう思っていても、本人を前にしては、口には出せない。
見合う男になるまで遠くから見守っていると豪語していた。そんな日は、永遠に来ない。
ストーカーは、何が起ころうとストーカーだ。
ストーカー加害者と、ストーカー被害者。殺意は、双方に宿る。
「葬り去られたくないのなら、先に葬り去ればいい」
「え」
「は?」
再びの、驚愕。横目で僅かに日下部を盗み見る来栖紗良にも、怯えが生まれていた。
死の想像。ストーカーによる凶行は、易々と浮かんでしまう。来栖紗良の体は、小刻みに震えていた。
「ぼっ……!」
日下部の体も震えている。だがそれは、怯えではなく、怒りだった。
「僕は、紗良ちゃんを殺したりしない!」
「何故そう言い切れる?」
「それは……」
「お前は」
好意があるから。言わない想いを察して、俺は冷淡に見つめる。
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